神との対話① 第一章 P102

神との対話① 第一章 P102

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先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づきました。
一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
裏を返せばこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。
その時、あなたの視座はひとつ上に上がることでしょう

P102
『不安や怖れは愛の対極である。これが第一の両極。相対性の領域を創ったわたしは、まず自らの対極を創り出した。

さて、あなたがたが暮らす物質的な領域には、二つの在り方しかないと言った。不安と愛である。地球に生まれた〈マスター〉たちとは、相対性の世界の秘密を発見したひとたちである。そして、それが現実だと認めなかったひとたちである。

要するに〈マスター〉とは、愛だけを選択したひとたちである。あらゆる時に、あらゆる環境で、彼らは愛を選択した。自分たちが殺されても、殺害者を愛した。迫害されても、迫害者を愛した。』
マスターはこの現実的な世界が「幻想の世界」であると知っていて、本当の世界(究極の世界)はすべて神=愛で満たされていると理解しているのです。
だから、相対性の世界で愛を深く感じるために不安が必要であることも理解しており、不安に駆られた人が起こす行為も、愛を知るための必要な行動としてその行為を愛したのです。
マスターはすべてを知っており(思い出していて)、すべてを受け入れたのです。
『このことを理解するのは非常にむずかしいだろうし、まして見習うことはできにくいだろう。だが、〈マスター〉はすべてそうしてきた。哲学はどうでもいいし、伝統も、宗教もどうでもいい。

すべての〈マスター〉は愛だけを選んだのだ。あなたがたはそんな例をはっきりと見てきた。大昔から何度も何度も、目にしてきた。あらゆる時代、あらゆる場所で、それは示されてきた。あなたがたの人生のなかで、いつも見せられてきた。宇宙はあらゆる設定を利用して、この真実をあなたがたの前に差し出してきた。

歌や物語、詩、踊り、言葉、動き、動く絵つまり映画、そして、本と呼ぶ言葉の集まりを通じて。その真実は最も高い山頂から声高に叫ばれ、最も低い場所でささやかれてきた。人類のあらゆる経験の回廊に、この真実がこだましている。答えは愛、それが真理だ。だが、あなたがたは聞こうとしなかった。』
過去からたくさん真実を示されてきたにも関わらず私達は聴こうとせず、あるものは迫害すらしてきたのです。
不安という感情はとても根深い。だから、私達は聴こうとしない。

でも、それは反対側である「愛」の深さでもあるのです。
「愛」が深いから「不安」も深い。

人類全体がこのことを本当に理解するには、まだ少し時間がかかるかなと思います。
ただ、この神との対話を読み進めれば、電動自転車に乗ったように、スムースに理解が進むと思います。
そのために、この神との対話をたくさんの人に読んで頂きたいと思います。
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