神との対話① 第一章 P101

神との対話① 第一章 P101

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先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づきました。
一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
裏を返せばこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。
その時、あなたの視座はひとつ上に上がることでしょう

P101
「待ってください。その三つめにはびっくりしてしまう。不安や恐怖が似たエネルギーを引き寄せるなら、どうして存在するすべてが愛だということになるんですか?」(ニール)
『愛は究極の現実だ。それが唯一であり、すべてだ。愛を感じるということは、神を体験することだ。

至高の真実のかなでは、存在するすべては愛であり、存在したすべて、これから存在するであろうすべても愛である。絶対の領域に入るとき、あなたがたは愛のなかへ歩み入る。相対性の領域は、わたしが自らを体験するために創り出したものだ。

このことは、もう説明した。だからといって、相対性の領域が現実にあるわけではない。それはあなたがたとわたしが自分を体験的に知るために工夫した、そしていまも工夫しつづけている、創られた現実だ。』
絶対の領域
⇒究極の世界。神の世界です。神自身の世界という方が伝わりでしょうか。
相対性の領域
⇒幻想の世界。神が自らを体験するために創られた世界なのです。
『だが、この創られた現実はほんとうに現実的に見える。現実的に見せて、ほんとうに存在すると思わせるのが目的だからだ。この方法によって、神は自分以外の「べつの何か」を考案した(厳密な意味ではこれは不可能なのだが。なぜなら。神、すなわちわたしは「すべて」であるから)。

「べつの何か」、つまり相対性の領域を創造することで、わたしは、あなたがたが神であると言われるだけではなく、神であることを選択できる環境を創り出した。その領域で、あなたがたは概念ではなく創造行為として、神格を体験できる。』
この幻想の世界はとても現実的に見せないと、すべてが「予定調和」で終わってしまいます。だから、超リアルなのです。五感すべてで感じるようにできているのです。
そうでないと愛の反対の不安を体験できないのです。
リアルな不安の体験をして、初めてリアルな愛を体験できるのです。

この現実=相対性の世界=幻想の世界は
反対側の体験をするために、超現実的に感じるように創られているのです。

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