神との対話① 第一章 P79

神との対話① 第一章 P79

記事
ライフスタイル
先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づきました。
一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
裏を返せばこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。
その時、あなたの視座はひとつ上に上がることでしょう

P79
「それでは、その法則に従えば、わたしはもう困ったことにはならずにすむのですか、そういうことをおっしゃっているのですか?」(ニール)
『あなたの言うような「困った」ことにはならないだろう。どんな状況でも、それを問題だとは考えなくなるだろう。恐れおののくような状況にはぶつからないだろう。

すべての心配や疑い、不安に終止符が打たれるだろう。あなたは空想のなかのアダムとイヴのように暮らすだろう。絶対の領域で身体から切り放された霊としてではなく、相対的な領域で身体をもった霊として暮らすだろう。それでもあなたはあらゆる自由と喜びと平和を味わい、いずれ霊としての知恵と理解と力が備わるだろう。充分に自分らしさを実現して生きられるだろう。

それがあなたがたの魂の目標である。身体をもっているあいだに、自分らしさを充分に実現すること、真の自分にふさわしい存在になること、それが目的である。それが、わたしの計画、わたしの理想なのだ。わたしは、あなたがたを通じて自分を実現しなければならない。

それによって、概念が体験となり、わたしは自己を体験的に知る。それが、わたしの計画、わたしの理想なのだ。わたしは、あなたがたを通じて自分を実現しなければならない。それによって、概念が体験となり、わたしは自己を体験的に知る。』
神が自分を知るためにこの宇宙を創り、どんな出来事もそのために、自分を知るための体験だと信じられれば、一見問題に見える出来事も「自分らしさを実現」するための、経験のひとつとして理解し生きることができるのです。
そのことを、自分自身を信じれば信じるほど軽やかに生きることができるのです。
どこまで「神との対話」の話を信じられるか?が人生を軽やかに生きる鍵なのです。

この例えも「RPG」でよく表現されます。
冒険の世界(宇宙)のあらゆるパターンの選択が用意されている。その選択をするのは、ゲームをする人(細分化された魂)
ゲームの中の勇者は(物質的な世界にいる私達)は、「どんな展開になるんだ?」だとハラハラし、時には不安にも駆られてしまい自分を見失う。(すべてを忘れてきて生まれているから)

一方でゲームをやっている人は(細分化された魂=潜在意識)、この勇者の目的を達成するために、最善の選択をする。

時には、勇者をより強くするために寄り道などをして経験を積ませる。
この世界は安全であることをしっているから、たくさん経験を積ませる。
そして最後は必ず勇者が最強の勇者(本当の自分)となり目的を達成する。

この宇宙はすべて用意されていて、すべて自分(細分化された魂)で選んでいて、ゲームを進めている。
選んでいるのでは勇者(肉体の自分)ではなく、ゲームをやっている自分(魂の自分)なのです。
何となく理解はできるのではないでしょうか?
ただ、理解は出来るがそれをすぐには受け入れることはできないでしょう。

しかし、もし勇者が真実を知ったならば、
本当の自分がゲームの中の勇者を操ったりしているだけだと理解したら(究極の現実を理解したならば)生き方が全く変わることでしょう。
「困ったこと」も「問題」もすべて受け入れることができるでしょう。

今の世界にいる私達も世界もゲームと同じなのです。
ゲームの中に入っているという意識がないから。
そもそも過去の固定観念にそのような意識はなかったから
絶対に安心ということがわからないから
人生は「大変」と思ってしますのですね。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す