神との対話① 第一章 P70

神との対話① 第一章 P70

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先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づきました。
一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
裏を返せばこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。
その時、あなたの視座はひとつ上に上がることでしょう

P70
『そうすれば、人生は自己の創造になる。あなたがたは人生を使って、真の自分、こうありたいと願ってきた自分を創造する。また、ある行動を拒否する理由もひとつしかない。それが自分にふさわしくなくなった、という理由だ。その行為が、あなたがたの真の姿を表さない(representしない、つまりふたたび存在させない:re-presentしない)からである。正しい自分を示したいと願うなら、永遠のなかに映し出したいと思う自分にふさわしくないものはすべて、変えていくよう努めなければならない。』
自分は何者なのかを宣言した時、初めて意志を持って、起きた出来事に対して、自分の行動を選択していくのです。
その選択された行動ことが創造の源になるのです。

同じ出来事の中でも、村人と勇者では選択するものが違い、創造される世界が違ってくるのです。(村人、勇者、どちらが良い悪いはありません。あなたが何を経験したいかが選択基準です。)

過去に「愛のない行動」と取ってしまったとしても
「こう在りたい」と定義したあなたは、同じ状況が起きた時に、今度は「愛ある行動(意志がある行動)」を取るのです。
これが、自分を再創造するということです。

同じ状況でも、新たに定義したあなたが違う自分を表現して、違う体験をする=自分の再創造なのです。
そして、体験し自分を再創造した自分が、また、同じような状況に会っても、また一歩進化した表現をし、新たな体験する。
この繰り返しこそが、魂の進化なのです。
繰り返しこそが魂の進化のらせん階段を上がる原動力となっているのです。
『大きな意味では、「悪い」ことはすべて、あなたがたの選択の結果として起こっている。間違いは、それを選んだことではなくて、それを悪と呼ぶことである。それを悪と呼べば、自分を悪と呼ぶことになる。創造したのはあなただから。
あなたがたは、この悪というレッテルを受け入れられない。だから、自分に悪というレッテルを貼るよりも、自分自身の創造物を捨てる。この知的な不誠実さで心を偽り、あなたがたはいまのような世界を受け入れている。あなたがたが、個人として世界への責任を認めていれば—あるいは、心の底から責任を感じていれば—世界はまったく違った場所になっていたはずだ。みんなが責任を感じさえすれば、世界は変わっていた。それがわかっているからこそ、痛ましいし、皮肉なのだ。』
自分が悪を創造したと認めたくないから、悪と呼ばれるものを区別して切り捨てて、自分が創造したものではないとし、責任がないような態度・行動を取り、あげくのはてには批判する。
しかしその行為は、自分を悪と呼び切り捨てているのと同じなのですね。
それは自分にも他人にも不誠実であり、無責任だということです。
だから、現在の地球な訳です。楽園とは呼べる状態ではないですよね?

誰かが=自分が自分の責任として、みんなが少しずつ自分の責任としたら、地球は大きく変わるのではないでしょうか。

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