神との対話① 第一章 P62

神との対話① 第一章 P62

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先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づきました。
一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
裏を返せばこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。
その時、あなたの視座はひとつ上に上がることでしょう

P62
『人生の微妙な関係を扱う者は、誰でもそのなかに三位一体の真実を認める。宗教家の一部はエネルギーと物質とエーテルと考える。哲学者の一部は、ものごとは思考と言葉と行為において真実になるまでは、真実と言えないと語る。
時について議論するときには、過去、現在、未来の三つの時制しかない。同じく、概念的にも時は、以前、現在、以後の三つに分かれる。空間的な関係は、それが宇宙における1点を考えるにしても、自分の部屋の各地点を考えるにしても、ここ、そこ、そしてその間と考えるだろう。
ところが、素朴な関係においては、「その間」という認識はない。素朴な関係はつねに二元的であるのに、崇高な領域の関係は必ず三元的だからである。
左右、上下、大小、遅速、寒暑、そして被造物のなかでは最も偉大な二要素である男女、これらの二者には、その間というものはない。一方か他方のどちらか、あるいはこうした二極的関係のなかで大きい、小さいの違いがあるだけである。
素朴な関係のなかでは、必ず対極が存在する。正反対のものが必ずある。日常の体験のほとんどはこちらにあてはまる。崇高な領域の関係では、対極というものはない。すべてはひとつであり、一方から他方へと変転して終わりのない循環をくり返している。』
素朴な関係は二次元的であり相対的。
崇高な関係は三位一体であるので循環している。

こんな考えがあるなんて思いもよらなかったですよね。
この地球ではまだまだ二次元的・対局的な関係多いようですが、そこから三位一体を見つけられるとまた、違う体験ができるかも知れません。
大中小とか。大小に比べちょっと曖昧で柔らかな感じもします。

人間関係も、依存と自立の二局に、相互依存を加えると崇高な関係になると思います。
お互いに自立したところを依存しあう。
お互いの長所を利用し、お互いの短所を補う関係であれば素敵な関係になれますよね。
二軸ではなく三軸。
三位一体を意識すると崇高な関係に気づけるかも知れませんね。


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