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『絶対の領域だけでは、あなたがたも、わたしも満足できなかった。私はつねにそこに存在していたし、あなたがたもその世界からやってきたのだ。絶対の中では知識だけがあるだけで、体験はない。
知っているというのは神聖な状態だが、最大の喜びは、何者かで「在る」ということのなかにある。「在る」ことは、体験してのちにはじめて達成される。「知る」こと、「体験する」こと、何者かで「在る」ことの順に発達し、進化する、これが聖なる三位一体、神の三位一体である。父なる神とは、「知る」ことだ。父が自らについて知っていることを体験し、行動化する。
体験しなければ、何者かで「在る」ことはできない。聖霊としての神は、「在る」ことだ。息子が体験したすべてを超越して、ただ存在する。
単純に、このうえなくみごとに「在る」ということは、知ったこと、体験したことの記憶を通じてのみ可能になる。単純に「在る」ということは至福である。神の状態、自らを知り、体験したあとの状態だ。これこそ、神がはじめからもとめていたものである。』