神との対話① 第一章 P53

神との対話① 第一章 P53

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先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づきました。
一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
裏を返せばこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。

その時、あなたの視座はひとつ上に上がることでしょう

P53
『神は、愛が存在するためにはーそして純粋な愛である自分をしるためにはー対照となるものが存在しなければならないことを知っていた。正反対のものが存在する必要があった。そこで、神は偉大なる極―愛の絶対的対局にあるもの、愛ではないあらゆるものーを創り上げた。それが現在、「不安」と呼ばれるものだ。不安が存在した瞬間、愛もまた、体験しうるものとして存在しはじめた。』
「愛」を知るために「不安」が必要ってちょっと皮肉です。
もし、いま、「不安」を感じることがあるのであれば、それは「愛」を深く感じるための前段階かもしれません。
この真実を知れば(思い出したなら)不安も和らぐでしょう。

神との対話は幻想というこの超リアルな世界を見抜き、真実が書かれていています。
その真実を知れば(幻想の世界ではなく、究極の世界が本当の世界であること)生きやすくなるからこそ世界中で読まれているのです。

それを一人でも多くの人に知ってもらいたいと思っています。

『愛とその対極、この二元性が、人間のさまざまな神話で言われる悪の誕生、アダムの堕落、悪魔の反抗などである。
あなたがたは、純粋な愛を人格化して神と呼び、恐るべき不安や恐怖を人格化して悪魔と呼んだ。
地上のある者は、この出来事を中心とした神話を完成させようとして、天使軍と悪の戦士、善の力と悪の力、光と闇の闘いのシナリオをつけ加えた。

この神話は、人間が魂の深いところで気づいてはいても、頭では把握しきれなかった宇宙的な出来事を、自分たちなりに理解して語ろうとする、人類の昔の試みだった。』
悪魔という不安を創り、神という愛を体験する。
それを、物語(言葉)で表現したものが「神話」なのでしょう。
そう考えると神話もただの神話として片づけてしまうのはもったいないですね。
そこに「相対性の真実」を見れば、また違った見方でみれるかも知れません。

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