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『だが、「存在のすべて」は、自らを体験的に知ろうとした。このエネルギー―純粋な、見えず、聞こえず、観察できず、したがってほかの誰も知りえないエネルギーは、自分のすばらしさを体験しようとした。そのためには、自分のなかにある比較対象の基準を使わなければならないと気づいた。
そこでいみじくも考えた。一部は全体よりも小さいはずだ。それなら自らを分割すれば、それぞれの部分は全体よりも小さいのだから、残る全体を振り返って、すばらしさを知ることができるだろう。
そこで、「存在のすべて」は自分を分割した。栄光の一瞬に、「これであるもの」と、「あれであるもの」とになった。はじめて、「これ」と「あれ」が分かれた。しかも、どちらも同様に存在している。また、「どちらでもないもの」も存在している。
こうして、突然に三つの要素が生まれた。ここにあるもの、あそこにあるもの、ここにもあそこにもないが、こことあそこが存在するためには存在しなければならないもの。
つまり、あらゆるものを包みこむのは無である。空間を包含するのは、非空間である。部分を支えるのは全体である。
このことは理解できるだろうか?
ここまでは、わかっただろうか?』