神との対話① 第一章 P24

神との対話① 第一章 P24

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先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づき一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
つまりこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。


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「だけど、これがほんとうに神からのコミュニケーションだと、どうしてわかるのだろう?わたしの想像の産物かもしれないじゃないか?」(ニール)

『たとえそうでも、それがどうだというのか。わたしなら、あなたの想像を通して働きかけられるとは思わないか。わたしは、目的にぴったりの思考や言葉、感情を生み出すことができる。
あなたが自分で考えたのでは、こんなに明快に語れなかったと考えれば、これが神との対話であることがわかるはずだ。さまざまな疑問について、自分でこんなふうに語ることができたなら、いまさら問いかける必要はなかっただろう。』

他人の評価などを気にする必要はないのです。

神との対話によって得られた自分の真実だけを述べれば良いのですということです。
あたなの真実すべてを他人は受け入れてくれないかも知れません。
なぜなら、人の数だけ真実もあるのですから。

ただ、神の事は必ず相手の魂に響くのです。
だからこそ、自分がこうだ!と思うことを述べていけば良いのです。
勇気をだしてあなたの真実を述べていけば良いのです。


『すべてのひとは特別であり、すべての時は黄金である。他よりも特別なひと、特別な時というものはない。』

自分は特別な人ではないと卑下して耳を塞いでいないか?
ということです。
みんな神の分身であり、特別な存在なのです。
だから、自分にも聞こえると思えばいいだけなのです。


『多くのひとは、神が特別な方法で、特別なひとにだけコミュニケートすると信じている。そのために、自分で神のメッセージを聞く責任はないと思っている。ましてメッセージを受け取る責任(これは、ただ“聞く”のとはべつのことだ)はないと考えて、いつもほかのひとの言葉ばかり聞いている。神の言葉はほかのひとが聞いていると決めつけ、そのひとたちの言うことを聞いているのだ。
神の言葉を聞いたというひとたちの言うことを聞いていれば、自分で考える必要はなくなる。
大半のひとがわたしのメッセージに背を向けている最大の理由はそこにある。自分自身が神のメッセージを受けとったと認めれば、自分で考え、実行する責任が生じる。他人の解釈を受け入れているほうが(たとえその他人が二○○○年前の者であろうとも)、いまこの瞬間にも受けとっているかもしれない神のメッセージを解釈しようと努力するより、はるかに楽で安全だ。』

いまの地球の状況をみてもまだ、あなたは「私には特別な能力がない」と神の声を聴かずにただただ耳を塞いでいるつもりなのか?
実は、耳を塞いでいる方が責任を伴わないから楽だと知っていてそのような行動をとっているのではないか?
それでいて「なぜ、地球には平和が訪れないんだ」嘆いていないか?
と神に問われています。

客観的にとらえると,今までの人類は無責任すぎますよね。
自分に地球に責任を持って行動していけば必ず変わります。
その真実から「逃げるな」と神は言っています。
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