昨日は更年期障害の症状が強く出て、どぉ~んと体がだるく頭が回転しなかったのでブログはお休みしてしまいました。
最近落ち着いてたんだけどまたここ数日ド~ンとする日があるんです。
だけど更年期でしんどい時は無理しない、更年期だから楽にしてたらいいよと自分に言ってあげて更年期を否定せず「よく来たね~、でも早く帰ってね~♪」と、気楽にしています。
心と体はつながってるから、この方が多分体も楽なんじゃないかなって思います^^
先日投稿した「人間関係の悩みから解放された10のこと」
これは私が自分自身で気づき体験し楽になった話なので「全ての人がこういう風にしたらいいよ」というわけではありません^^
人それぞれに合う方法、それをするタイミングなどは違いますから。
でも私が気づいたことで私自身が楽になったので、同じようにこの方法で救われる人もいるかもしれない、そして悩みがなくなって心楽に過ごせるようになったらいいな、そう思って書くことにしました。
今日はその3つ目
自分が変われば人も変わると言うけれど、それはある意味当たっているけど私が変わっても人は変わらない。人が変わるのはその人自身が変わろうとしたときだけ
自分が変われば人も変わる
ある意味そうですが、、、
例えば私が「知らない人にも笑顔であいさつ運動」をしていて、はじめ怪訝な顔をしていた人も今では向こうからもあいさつをしてくれるようになりました。そういう意味ではこちらが笑顔を向ければ相手も笑顔になってくれるし、その逆もしかりだということはよくあるんじゃないかなぁと思います。
そういう意味では自分が変われば人も変わる、は正しいと思うんです。
だけど、、、自分がいくら変わろうと、相手の本質は変わらないもんだなぁと思いました。
それを踏まえているのといないのとでは、悶々とする人もいるんじゃないかと思います。
私もそうでした。なんで?と、変わってないじゃん、って。笑
まぁ、人を変えることは絶対にできないんだから、私が変化したところで変わるわけがないんですよね(笑)
だけど、変わるなんて思っていると変わらないから悶々とする。
自分が努力して気づいて変化しようとして前向きにすすんでいるのに、なぜあの人はいつまでもこうなの?なんでいつまでもこういうことをしてくるの?足引っ張るの?
などと思うこともあるかもしれないし、変わらない相手を嫌悪する気持ちがどんどん膨らむこともあるかもしれない。
でもね、変わらないの、相手は。
相手がもし変わるとしたら、それはその人が心底「変わろう、これではだめだ」と思って覚悟を決めたとき。
何か大きな気づきがあったとき。
それに、そもそもその人にとってはそれがその人の生き方なのだから、私がおかしいと思ってもそれは私の目線からの意見であって、それが正解ではないですもんね。
相手がどうなのか?は相手が選んで生きている結果。
もしそれが嫌ならば自分がどうするか?それしかないんですよね。
人を変えることは絶対にできない、でも自分を変えることは自分だけにはできるから。
と言いつつ、ここは私はまだまだ悶々としたりイラっとするポイントでもあります。
どんなに話し合いをしようが、結局それかい、と思ってしまうのでね(笑)
話し合いをしても無駄な人っているんだなぁって思うのと、自分がこの人とどう付き合っていくのか?そこをしっかりと決めていけばいいと思っていますが。
この辺の話は「国際結婚暴露話」ということでまたいずれ(笑)
まぁ、悶々とするけれど溜めとくとストレスたまるんで、人を変えるという
意味の相手に求める言い方ではなく、私がそういうことをされるのはイヤって何度も言うてると思うけど、ホンマむかつくんやけど!と、自分がむかつくということを真正面からぶつけています(笑)
言い方が変わったので、相手も少し考えるようにはなったみたいだけど、上記のように結局うわべだけは変わるけど根本が変わるわけではないので、私の爆発はよく起こります。
二人で決めたルールを守らない、そんなちっちゃい事までもいちいちイラっとされると私も気分悪くなるんやけど!的な内容が多いかな(笑)
では、ここは私ももっとスルー出来るようになりたいと思います。
だって、相手は相手の思うように生きてるんだから、私の思うようにはならないんだから。
お互いに譲り合えて心から心地いい関係になれたらいいけど、無理な場合はこういう考えも持っていた方が楽、ですよね^^
読んでくれてありがとうございます。
Hasta mañana!