人間関係に悩まなくなった10のこと

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コラム
今回は、人間関係に悩まなくなった話を書きます

私が気づいた人間関係が楽になる10のこと


1,人は絶対に変えられない

2,人の思考や感情、行動や言動はすべてその人自身の持ち物や問題であって、私の物じゃない

3,自分が変われば人も変わると言うけれど、それはある意味当たっているけど私が変わっても人は変わらない。人が変わるのはその人自身が変わろうとしたときだけ。

4,変えることができるのは自分のことだけ。自分を変えることはいつからだってできる

5,世の中は多様性でいろんな考えやいろんな生き方があるのが当然

6、嫌われるのは悲しいけれど、嫌わないでほしいと伝えたとしても人を変えることはできないのだから悩んでも無駄

7,人を嫌ったり意地悪したり悪意を持って接する人がいるけれど、それはその人自身が選んでそういう生き方をしている→私の問題ではない

8,7のように生きてる人がしあわせになれるとは思わないが、それはその人の問題→私の問題ではない

9,自分の問題と人の問題を分けて考えることは、自分の人生を生きるために自分を整理しやすい

10,人の問題は私にはどうしようもないことだから、関わらなくていい(それは冷たいことではない)

このことに気付き、私はものすごく変わりました。

元々、人のちょっとした表情や反応、目線などに敏感で「あ、今何か思ったな」「この人私のこと気に入らないんだ」「あ、この人たち私のこと言ってるな」などなど気づきやすく、後々そのピンときたのが正解だったってことを知ることが多かったのです。

私は、あまり人に受け入れてもらえるタイプじゃないようです。

変わり者

なのだそうで、それはいつのころからか自分でも気づいていました。
なので、転職をしたときや新しい組織に入った時など、誰かをはぶいて自分を守ろうとする人たちの格好の餌食になっていました(笑)

私はもともと楽しくみんなで和気あいあいができたらいいなぁと思ってはいたけれど、それができずにひっそりと傷ついていました。

でも、勝気な性格なうえに、変なプライドがあったんでしょう、傷ついているというのを悟られることがこの上なく嫌だった。それが恥ずかしかったし気になんてしてないという風に見せて強がっていました。そしてあろうことか、無意識にそういう相手に対して自分が批判したり避難したり攻撃することで自分を守っていたのです。

さらに、悲しい気持ち(一次感情)がもとで怒りという二次感情を持ってしまうという、面倒くさい性格でした。

そんな自分に気付いたのも、この国へ来て問題を抱え孤独になり苦しみ悩み、ひとりそこに立ち向かう日々の中で自分にとことん向き合ったからなのですが、その話はまたいずれ。

そんな私が、今は人が私をどう思っていようが気にならないし、あぁこの人私の事よく思っていないなってピンと来ても、悪意ある何かを言われたり態度をされても、なぁんとも思わなくなったのです。

「へぇ、こういうこと言う人なんだ」

「私のこと嫌いなのね」

「なんか知らん、この人私が目障りなのね~」

そして、スルー
以前の私からは考えられない事です。

以前ならそれに傷つき、というか傷ついてることにも気づかず怒りがわいて腹の中は煮えたくり、もしくは傷つきはせず「こいつむかつく嫌いや。なんでこいつにこんな態度されなあかんのや」と自分をぞんざいに扱われてることを感じると、瞬時にその人への敵対心がメラメラ燃え上がりました。

勝気な性格だし、そういう相手には優しくなんてせず明らかに他の人たちへの態度とは違う、めっちゃ冷たい態度をしていました。

そのことが余計人間関係を悪化させていましたが、私は「喧嘩吹っ掛けたのはあんたや。私はあんたのこと悪くなんて思ってなかったのに、あんたがそういう態度や言動をしたんやろ。ならあんたに私が嫌な感情持ってもおかしくないわなぁ~、今更自分がかわいそう張りに被害者面しとんなよ」と思っておりました。あちゃちゃ~苦笑

でも今は上記のように、スルーするし「その人の想いやから私には関係ないしね~」と思っております。

先日も、近所のとある女性が冗談ぽくTOROをいじるような歌を歌われたんですけどね、その人は私のことをあまりよく思っていないのが普段から伝わります。あいさつなどはするし軽くは話すけど、感じるんですよね。日本でも感じていたのと同じものを。笑

でもね、笑っておきました。

バカにしたように歌ってバカにしたように笑ってましたが(本人はそれを丸出しにしてる気はなさそうです)、ハハ~って笑って「チャオ~」です^^

腹も立ってないし、へぇ~というかそういう人なんだね~というか「私には関係のないこと」だと自然と思っている自分に気付きました。めっちゃびっくりしました。自分に(笑)

そのとき一瞬にして巡ったであろう自分の気持ちを分析すると、

バカにするって行為はだれの物?→相手

バカにしたい気持ちはだれの物?→相手

バカにして満足してるのは誰?→相手

それで喜んでるのは誰?→相手

だけど、それってしあわせな人はしないよね?人を馬鹿にしてるって心が貧しいよね、その気持ちで何かを人にするともっと貧しい心になるし気づいてないか知らんけど、とっても不幸よね?それって誰の問題?→相手

私が嫌やと思って腹立てたり文句言うたりしてその相手の行動を変えれるの?→無理

無理なことに腹立てたり文句言うて私とくするやろうか?→損するだけやし悩むだけ無駄

よく思われてないことに傷ついてたら相手は変わるやろうか?→変わらん

変わらんのに傷ついていて私になんかいいことあるやろうか?→ない。むしろそんなことに心を縛られるのは無駄

大体こんな感じのことが私の思考と心の中で動いていたと思います。
上記の10のことをいつも意識して繰り返していたら、いつのまにかその考えで問題が起こりそうな人間関係には向き合ってるようになってました。

そしたら、相手にするだけ無駄とかよく言うけど、それ以前に相手の感情に巻き込まれて自分を自分で傷つけるだけ無駄だと思うのです。

結局人は「自分」やから、自分を基準に考えてあげればいいのだと思うよう
になりました。
相手に視点を置いて「相手にするだけ無駄」ではなく、相手にすると言う問題以前に「自分の感情を傷つけるだけ無駄」と矢印を自分の心に向けてあげるようになったら、スルーすることが容易になりました。

もちろん、傷ついたりショック受けたり悲しかったり悔しかったりしたときは、その自分を丸々受け止めて「傷ついたよね。当然やん。傷つくのは普通のことやから自分をごまかさなくていいよ。でもね、大丈夫、私が私を抱きしめてあげるから」って自分を抱きしめてあげます。こんな風にして自分を抱きしめてあげることを繰り返して行くうちに、さらっと流せるようになっていました。

あぁ、長くなってしまった・・・。
明日から気づいた10のことを私の解釈でお話ししていきます。

ではまた~♪ Hasta mañana!
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