第7回「時間が分からない世界」で暮らすということ――「あとで」「さっき」「10時」があいまいになる

第7回「時間が分からない世界」で暮らすということ――「あとで」「さっき」「10時」があいまいになる

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「今、何時?」そう聞かれて、「10時だよ」と答える。

しばらくすると、また、「今、何時?」と聞かれる。

「さっき言ったでしょう」

家族としては、ついそう言いたくなるかもしれません。

また、「病院は10時だから、あとで行こうね」と伝えたのに、何度も、「もう行くの?」「今日は病院じゃなかった?」と確認される。

こうした場面もあるかもしれません。

でも今回は、「どうして覚えていないの?」ではなく、少し違う方向から考えてみたいと思います。

もし、自分にとって当たり前だった「今」「さっき」「あとで」「明日」という時間のつながりが、だんだん分かりにくくなったら――。

私たちの毎日は、どんな世界に見えるのでしょうか?

私たちは、想像以上に「時間」に支えられて暮らしている

朝起きる。

時計を見る。

「7時だから、そろそろ朝食にしよう」と思う。

12時になれば昼食。

夕方になれば、「そろそろ夕飯の時間だ」と感じる。

病院の予約が10時なら、9時30分には家を出ようと考える。

私たちは毎日、時計・カレンダー・予定・過去の記憶をつなぎ合わせながら生活しています。

ところが、それをあまり意識することはありません。

「10時」

「明日」

「30分後」

という言葉を聞けば、その意味を自然に理解できるからです。

でも、もしその感覚が曖昧になったらどうでしょう?

「あとでね」と言われても、「あと」が分からない

例えば家族から、「あとで一緒に買い物に行こうね」と言われたとします。

私たちなら、「今すぐではない」ということが分かります。

そして、「少し待っていれば、そのうち行くのだろう」と考えられます。

ところが、「あとで」という時間の感覚が分かりにくかったら?

5分後なのか?

30分後なのか?

夕方なのか?

明日なのか?

本人にとっては、とても曖昧な言葉になるかもしれません。

その結果、「買い物はまだ?」「いつ行くの?」と何度も聞く。

周囲から見ると、「何度も同じことを聞いてくる」という行動に見えます。

でも本人側から見ると、「いつなのか分からなくて、不安になっている」のかもしれません。

「さっき」が、どのくらい前なのか分からない

私たちは普段、

「さっき食べたでしょう」

「さっき薬を飲んだよ」

「さっき説明したよ」

という言葉をよく使います。

でも、「さっき」とは何分前でしょうか。

5分前?

30分前?

1時間前?

実はかなり曖昧な言葉です。

私たちは出来事の記憶と時間の感覚を組み合わせて、「ああ、あのことね」と理解しています。

もしそのつながりが弱くなっていたら、「さっき言ったでしょう」と言われても、本人にとっては、「さっきって、いつのこと?」なのかもしれません。

「10時」が分かっても、10時までの距離が分からない

「今日は10時に病院ですよ」

時計を読むことができれば、それだけで予定を理解できるように思えます。

でも、

今が8時30分で、

10時まであと1時間30分あり、

9時30分になったら家を出る。

この一連の流れには、実はいくつもの判断が必要です。

だから本人が、「もう病院に行かなくていいの?」と何度も確認したとしても、単純に「予定を忘れた」とは限りません。

本人の中では、「現在と未来の時間がうまくつながっていない」のかもしれないのです。

もし自分が「時間のない世界」にいたら?

少し想像してみましょう。

あなたは知らない場所にいます。

時計があります。

でも、その時間が何を意味するのかよく分からない。

「10時に出発します」と言われた。

けれど、今からどのくらい待てば10時になるのか感覚がつかめない。

誰かに、「あとで迎えに来ます」と言われた。

でも、その「あとで」がいつなのか分からない。

待っても来ないように感じる。

不安になる。

もう一度聞く。

すると、「さっき言ったでしょう」と言われる。

もし自分だったら、どう感じるでしょうか。

きっと、「何度も聞いて申し訳ない」というより前に、

「分からない」「不安だ」「置いていかれたらどうしよう」

という気持ちになるのではないでしょうか?

「何度言えば分かるの?」ではなく、「分かる形」を探してみる

では、私たちはどう関わればよいのでしょうか?

大切なのは、「本人を時間に合わせようとするだけではなく、時間を分かりやすくする工夫を考えてみること」だと思います。

例えば、「あとで病院へ行くよ」だけではなく、「昼ごはんを食べたら病院へ行きます」と伝える。

「10時に出発するよ」だけではなく、「この時計の針がここに来たら出発します」と視覚的に示す。

予定を紙やホワイトボードに書いて、本人と一緒に確認する。

「さっき言ったでしょう」と過去を確認するより、

「大丈夫。今日は10時に病院ですよ」

と、今必要な情報を改めて伝える。

もちろん、すべての方に同じ方法が有効なわけではありません。

その人が分かりやすい方法を、一緒に探していくことが大切です。

「同じ質問」の後ろにある気持ちを見る

認知症のある方が同じ質問を繰り返すと、家族にとって負担になることもあります。

毎日何度も同じことを聞かれれば、いつも穏やかに答えられるとは限りません。

だから、「家族は何度でも優しく答えなければならない」という話ではありません。

家族にも生活があり、疲れることもあります。

ただ、「なぜ同じことを聞くのだろう?」というときに、

「覚えていないから」だけではなく、「時間が分からず不安なのかもしれない」

という見方を一つ持っておく。

それだけでも、目の前の行動の見え方が少し変わることがあります。

私たちの「当たり前」を一つずつ外してみる

前回は、「見えているのに、見つけられない世界」について考えました。

今回は、「時間が分からない世界」です。

「見れば分かる」

「時計を見れば分かる」

「さっき言ったから分かる」

「10時と言えば分かる」

私たちは、自分たちの「当たり前」を基準に相手を見てしまいがちです。

でも、「本人にとっては、今この世界がどう見えているのだろう?」と一度想像してみる。

すると、「困った行動」だと思っていたものの向こう側に、「困っている本人」が見えてくることがあります。

「いつ?」と聞かれたら、その人の世界を想像してみる

「今、何時?」

「今日は何日?」

「病院はいつ?」

同じことを何度も聞かれたとき。

もちろん、毎回理想的な対応ができるわけではありません。

それでも、「また同じことを聞いている」だけで終わらず、「この人には今、時間がどう感じられているのだろう?」と想像してみる。

それが、「認知症世界」を理解するための小さな一歩なのだと思います。

次回は「言いたいのに、うまく言葉にならない世界」へ

私たちは、

「痛い」

「怖い」

「嫌だ」

「トイレに行きたい」

「助けてほしい」

と、言葉を使って自分の状態を伝えています。

ではもし、「伝えたいことはあるのに、それをうまく言葉にできなくなったら?」周囲には、その人の行動がどう見えるでしょうか。

次回、第8回は、「言いたいのに、うまく言葉にならないとしたら」

をテーマに、一緒に「認知症世界」を旅してみたいと思います。
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