親戚の家の遺品整理を手伝わされた
残っていたのは写真と飲まなかったクスリ
年寄りって、カネを残さないけど
写真は大量にあるよね。
無駄だな
と言いながら廃棄する。
着物も帯も出てきたけどなんか安っぽかった。
で、時間が来たので途中で帰った
どうせこの家は私に相続は回ってこないし
3時間手伝ったので義務は果たしたし
形見分けになるものもなかった。
思ったのは、異常な量の飲み薬と写真
若くして、18歳くらいで気が付き
写真に写らない人生を選ぶ。
そして今まで私が映っていた写真は18歳の高校卒業とともに捨てる
今思えばいらない
何にも必要性がない。
18歳でそうなのでどんどん年齢が進んだときにやはり邪魔になる。
私の場合、葬儀しない。
病院から火葬場に誰も付き添わず燃やして灰にしてもらい
墓にも入れない。灰は、色々集めて売りさばくそうだ。
僕は直火葬と呼んでいる。
そのために十三仏の紙のゼッケンを胸にのせてもらう
青年会議所でも法人会でも知り合いだといろいろ甘いさじ加減してくれる
入社の難しい会社でも永続勤務しない条件であればバックドアは開かれて
色々見せてくれる
もしかしたら、判決文は自分自身でお手盛りの判決を書かされるかもわからない
「年寄は写真残すな、カネ残せ」
そういう感じだ
人間は無駄で無価値なものをさも大事なようにして生活しているが
それは全然大事なことではない
むしろゴミがゴミを呼ぶような資本主義社会を見直してけりをつけるべきだ。