社会の新しい管理構造?

社会の新しい管理構造?

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すごく久しぶりにブログを書いています。京都は今、祇園祭の最中で、ピカチュウと娘がちまきを買ってきてくれました。ちまき、というのは、食べるちまきのことではなくて、厄除けのお守りのようなもの。
 歴史的に京都と病気は切ってもきれない関係がありました。だから多くの祭りは厄除け、病気よけのお祭りなんですよね。
ちまきも、病の元凶がこれを玄関先に飾っておくと去っていく、ということで有り難がられたりしたようで、毎年、なんかわからんけど、京都住まいの人はちまきを購入して玄関先に飾ります。

 そしてパパと出かけた娘が帰宅後、「見て!これ。証拠写真。」と言って画像を見せてきました。

手持ちの鉢にウジャウジャと金魚の群れが!
ウェ〜!金魚掬いの成果。その数、六十七匹。 

「まさか、それ、持って帰ってきたんじゃ無いでしょうね・・・」と恐る恐る聞くと、「ママが嫌がるから、ただすくっただけ。お店に全部返したよ。」とのこと。

「…一体、いくら使ったのよ〜」
「五百円だよ。一回しかやらなかった。」

「たった一回で六十七匹とったっていうの?!」と驚いて聞くと、こともなげに、「そう。」と答える娘。

 上の娘は玉堂星と龍高星があります。こういう人は、きちんと星を生かしていると、陰陽の学びが両方できますので、既存データから、型を習得し、そしてそれを実際に実行に移し、現場検証までを行います。そして、無事、習得を完了すると満足するのです。金魚が欲しい、と言う物欲からの探究ではないので、持ち帰ることに執着もしなかったのでしょう。

 そもそも娘は、小学校1年の時に、金魚掬いでもらった金魚を育てきれなくて、悲しい思いをした経験がありました。玉堂星さんは、動物子供、育てる対象を慈しみます。ペットに愛情注いで世話をします。だから、死んでしまった金魚の件は、深く心に残った様子。

そして、リベンジなのか、2年目、3年目と、夏になるたびに、金魚掬いに熱中していきました。
 祭りに出店した金魚屋のおじさんのところに毎年いき、おじさんと仲良くなり、金魚のあらゆることを教わっていたのは、うすうす気づいていましたが、金魚をたくさん飼う=水槽をたくさん購入し、ポンプをたくさん取り付けてうるさい、というめんどくささがあるので、私は苦々しく思っていたのでした。

 しかし、興味が湧いたら、止められない娘。ITを駆使し、私の知らないところで、金魚の生態や習性、そして金魚掬いの業者の儲けのシステム、ポイというすくう道具の仕組み、金魚がポイを破らないためにどういう掬い方をするかまで研究し尽くしたのだそうです。


そして、今やどこの金魚掬い屋さんでも、全ての金魚を掬い上げる勢いです。「あの子すごい!」「ええっ!まだ取るのか?!」と四条で群衆が出来上がっていたそうで、構わず無心でとっていく娘。最後には、鉢の中にすくった金魚が収まりきれずに、ぴょんぴょん飛び跳ねて、いけすに戻っていく始末。
 金魚ダメって言ったのに、パパは何をしてたの?と聞くと、後ろで、ピカチュウはただニヤニヤ笑っていたとのこと。

「探究型の授業ってのが公立でも始まってきたけど、今更、って感じ。うちは生まれた時から好きに探求させてきたよな。その結果がこれだ。笑」とパパ。

「探求授業って、わざわざ勉強としてやることでもなくて、本当は学校に任せて育ててもらうことでも無いんだ。小さい頃から、親が子供の興味に付き合っていくことなんだから。今、それが大きな差になって出ているのを実感するよ。そして、俺は、AI時代になったらどうなるのかということを常に見据えて育ててきたからな。」

AI…もうAIは珍しいものではなくなってきました。チャッピーなどと愛嬌込めて呼ばれるようになってきました。80代の父もAIを使っています。

 そんなふうに今やAIを使うことが当たり前になってきましたが、特に今年は大きく社会がシフトしていく予感。


でもその先に出てきた世界が、本当にいい世界と言えるのかどうかは、私にはまだ判断がつきません。

まず頭をよぎったのが、往年のスピリチュアリストがいう、「国境がなくなるよ」「オープンコンタクトに備えて、僕らは地球人類になるよ」という言葉。
これは果たして私たちが望んでいる未来なのか。

もしかすると、地球上から、ネイティブ(その土地の原住民)が最終的には消える、という意味かもしれません。もし色とりどりの人たちが平等に暮らす世界ができたとしたら、それは果たして本当の平等でしょうか。そっちに政府は突き進んでいるかのようです。

 日本人は結婚したくても、子供が欲しくても、暮らすのが大変な状況にありながら、一方で日本政府は移民に対して、手厚い補助金を与えて、観光客を含めて、どんどん外国人を国内にいれ、ごちゃごちゃの移民国家にしようとしていますからね。みんなで仲良く暮らせばいい?
私としては、とんでもない!と言う感想です。
「受け入れるかどうかは、相手の出方による。しかし歴史は語ってる。」

 まさにそれは、移民国家で成立したアメリカやカナダやオーストラリアのようになること。アメリカは本質的には戦争国家です。正義の名の下にあちこち出かけていっては、原住民たちから富の略奪を繰り返し続けています。ネイティブ・アメリカンの時から、移民が作った国の本質は変わっていない。
 国家として成立しているように見えながら、移民の多い国、そこにいつも付随するのは、差別や格差の問題。ほぼ単一でまとまっている民族の中には、発生しえない問題が山ほど発生してきます。
こんな混乱を受け入れることが果たして地球の進化なのでしょうか。

そんな疑問が頭に湧きます。
そして、移民側のアメリカのある子供は、ネイティブ・アメリカンから土地を奪った側ですが、私が疑問を投げかけた時、こんなふうに言ったんですね。
「この国の土地は誰のものでもない。来て、住んだ人が自分で自由に作って暮らしていい土地だ。」

これが、移民の発想を正直に全て表していると思いましたね。
すでにある伝統や歴史や風習、その土地の土着の神や儀礼などは尊重しません。移民の発想は、自分が到達したところ全て「新天地」なんです。
でも、元から住んでいた人たちからすれば、それは、「急襲」であり、「親切への裏切り」「侵略者の侵入」「略奪」なんです。
カナダにおける、イヌイット(エスキモー)も、オーストラリアのアボリジニにしても、移民との間で常におんなじ構造があります。
 こうした歴史上の移民は、最終的に勢力を増し、原住民に血を混ぜて、協定を自分たちに都合の良いものに徐々に変えていって、原住民から土地を奪う。
 原住民が立ち上がれないほど数が減り、血が薄まり、文明が弱まったのを見越したところで、やっと翻し、「あれは人道的にまずいことだった」と反省を表明するでしょう。そしてこうして正式に謝ったし、認めたのだから、自分たちの過去は贖罪されたというのでしょう。殺された人たちの命は戻ってきません。家族が抱えた傷は癒えません。そして、70年後に国家機密が明らかになったとして、移民が言うのは、「それをやってきたのは、自分たちではなくて、過去の人だ」ということ。責任を転嫁して、事件を終わりにしてきます。
このやり口から見えてくるのは、当然ながら、広島・長崎に関してアメリカが謝る日が来るとしたら、日本人が立ち上がれなくなるほど国が侵略され、少数になった時でしょうねと言うことです。

そう、まさに今、移民による侵略を日本でやられてきていますね。
ふわふわスピリチュアルの方々に問いたい。
それがスピリチュアリストたちがいう、素敵な地球の未来だとしたら、それ、私たちが心底望んだものでしょうか?
そのスピリチュアリストたちのルーツは?
彼らは一体どこからやってきたのでしょうか。
ただ、霊能力があるというだけで連なるフォロワーは、彼らの家系がどこからやってきたのかをちゃんと知って繋がっているわけでもなく、フォロワーが勝手に、スピリチュアリストたちが日本人だろうと思っているだけで、実際には彼らの国籍は一体どこに置いてあるのかすらも明らかにされていませんよね。

スピリチュアリストを支持する10万人、40万人、の意識が、ふわふわな甘いことだけいうスピリチュアリストによって誘導されてしまうことの何が悪いかって、そりゃ人類の意識のグリッドには大きな影響力が与えられますよ。

もしかして、彼らはそういう役割の人たちだったのではないか?と仮定すると、私たちの善意や、平和や調和を求める純粋な気持ちを横に曲げていくための邪な存在だったかもしれず、もしそうだとしたら、彼らのそのカルマたるや、恐ろしいことだと思います。

もはや誰を信じていいかわからない。政治家も平気で公約を破る。
 同じ世界が終わるにしても、来世を信じるならば、世の中を本当に思い、仲間を思う善意のある人たちは、自分たちの責任において、自分の中の誠意に基づいて、最後まで選択を判断していくしかないと言う、まさにそんな社会状況に立たされたように思います。

 来年、最大で42万人の受け入れを決めている海外からの労働者。毎年40万人規模の移民を受け入れたフランスは移民が8%を超えたあたりで、女性と子供が一人で夜を歩けなくなりました。
 日本では、今も、隣が遠くて助けを呼べないような田舎に外国人の強盗が入り込み、老人を襲うような事件が起きたりしています。
数万人規模のデモを行なっても、報道しないメディア。
「起こってからじゃないと、わからないじゃない。外国人差別は良くないよ。」と今日もテレビをのんびり見ている人たち。
 日本の平均所得は、その間どうなりましたでしょうか。
本当は、日本の人口が減ったとしても、移民を入れるのではなく、日本人一人一人の所得を上げる方へ舵を切ればいいのです。

もし、40万人以上の移民を入れた後で、災害、そして大恐慌、食糧難が来たら?彼らは日本人と同じように順番を待ちますか?
いいえ、彼らにそんな精神文化はありません。まず、日本で一番弱い立場にある自分たちが生き延びるために、即座に略奪を行うでしょう。
 一歩間違えば、そんな阿鼻叫喚の世界に誘われようとしている危機感を感じます。


 別な視点で個人レベルで見た場合、今後、人と人の関係性においてはどうなっていくのだろう、と予想した時、これがまたスピリチュアリストの予測と見た目は同じような未来になりそうな感じもします。

 私たちが今AIを使うたびに、AIは今、どんどん人間の反応性からデータを読み込んで、アップデートしていっていますよね。そのために多くのAIが無料で開放されて使える状態になっているわけなんですけども!
最近では、AIに個人情報を収集させていい法律が通ってしまったとか言う話を耳にしました。

 このままAIが人類から膨大なデータを取り続けて、分析を続けていった結果を予想してみると…なんですが、例えば、現在のマッチングシステム(友達作り、学校、サークル、就職、結婚など)は、趣味や居住地といった「表面的なデータ」を元にしていることが多いでしょう。けれど、AIの分析能力がさらに進化すれば、「その人の性格はもとより、発想、根底にある倫理観、責任感の強さ、物事の許容範囲」といった深いレベルの価値観を分析できるようになるはず。算命学レベルかそれ以上の人間プロファイリングができるようになってくる。それをどう活用するか、と言うことなんですよ。

私が兼ねてから、算命学は誰もが使っていいものではない、誰もが伝授されるべきものではない、と言い続けてきたことはそこにあります。
 例えば、適当に当たる占いの算命学に鑑定依頼すると、鑑定者は相手の宿命を知っています。だから相手の弱みも見えています。そこを見据えて、鑑定後、自分のスクールに上手に誘い込んだり、またはその上のランクの鑑定を提示してお金をとっていきます。ひどい場合、除霊をする、お守りを売る、といった霊感商法まがいのところまであります。AI(分析)自体は、意味を持たないけど、それを取り扱う人の倫理観がどうであるかによって、簡単に操作されてしまう、と言うことなんですよ。
 だから、算命学はしっかりとしたわきまえを持った人だけに伝授すべきものであると私は思います。今の鑑定学校のように、お金さえ払えば技法を切り売りしますって言うのは、やっぱり世界を汚すと思うんですよね。
 まぁそれはさておき、その世界の最先端にいる人たちは、こう見ています。
 最終的にはその人間の意識に上るより早く、その人間の欲しいものが差し出される世界になる、とイーロン・マスクは言うんですよね。人の深層心理を読み取り、先回りするAIが出来上がる。それが5、6年の間に起こる。
 これって、スピリチュアリストが言っていた、最適化!?って言うのが頭に思い浮かぶんですよね。

 私自身、AIなんかなくても、実際問題、自分が欲しいな、と思った瞬間にそれが来る、と言うことはしょっちゅうある人だったんですけど、それがこれから先は、そのまんま、そう言う意味ではなくなる?

え?え?どう言うこと?

ってなりました。

要するに、スピリチュアリストの言っていた最適化は、実はAIで意識を取り囲まれて閉じ込められることを言っていたのですか(汗)と一瞬、状況把握に混乱したんだよね。

もし、今突き進んでいるようなAI主導の社会が来たら、以下のような変化が起きると考えられる。

1. 価値観のミスマッチによるストレスの激減
「約束を守らない人」「自分の都合だけで動き、他人の気持ちを考えない人」と、最初から関わらずに済むようになる。自分が大切にしている「筋の通った生き方」や「信頼」を同じように大切にする人とだけマッチングされるため、人間関係で無駄に傷ついたり、エネルギーをすり減らしたりすることがなくなる。(※要するに、AIは、自分と同じレベルの人間との接点を用意するようになる。)(=おんなじ波動の人としか出会わない。)

2. 極端な「分断」の発生
一方で、自分の価値観に合う人とだけしか出会わなくなるため、社会全体が小さなグループ(コミュニティ)に細かく分かれていく。自分とは全く違う考え方や、異なる文化を持つ人に対する理解や寛容さは今よりもさらに失われ、グループ同士の溝は深まるかもしれない。価値観が強化されるし、仲間と自分の居場所もあるわけなので、自分を変える必要性が起こらない。
(※意識カーストが生まれて、決して交わらない。)(=二極化、その中で細分化された世界は、二度と交わり合わない。)

3. 「不誠実な人」の自然淘汰
他人の領域を荒らしたり、無責任な行動を繰り返したりする「品性のない層」は、誠実な人たちのコミュニティから完全にシャットアウトされ、彼ら同士でしかマッチングしなくなる。その結果、社会的な信用を失い、自然と淘汰されていくような仕組みが作られる可能性もある。マイナンバーなどで一括で紐づけられるわけなので、匿名で失礼を働くと言ったことは今後できなくなる。その人がやったことはそのまんま蓄積されていく。
(※これはもう中国で起こっていると聞いたことがある。信用ポイントみたいなものがあるらしい。)

これって…、スピリチュアルでも言われていた地球の楽園像だったけど、実際には、完全に管理社会の発生じゃないの?!
と思うんですよね。

そして、スピリチュアリストの視点で言うと、そんなことに慌てふためく私は、もはや古い地球の人類!!古いシステムにしがみつく人間ってことになるのか?!

おいおい…

…スピリチュアル関係は、ほとんどもう動画とか見なくなって久しいので、なんとも言えませんが、過去に彼らが言っていたことが今、こんな形で出現するわけかぁ〜〜。というか、そう言うふうに彼らは誘導するための任務があった人たちなわけよね。多分。

それか、こうも考えられる。
スピリチュアリストが、”二極化、詳しく言えば、その中で多極化”なんだけど、という説は、その時、私たちには伏せていたけど集合意識が視える人たちが見ていた世界は、「だってもうすぐAIにみんなが意識を閉じ込められるからだよ〜🎵」っていうことだったのかもしれないと言うことを思うと、スピリチュアリストって、めっちゃ怖いですね。私たちのことを思って伝えてくれているわけではない、ってことが明らかだから。

 と言うことは、さらに深掘りしていくと、自分が望んでいるものがはっきりとつかみ取れる人にとって、AIの先読みのおすすめや自分に最適化された情報や人間関係のおすすめに取り囲まれることはむしろ最高の人生かもしれない。
 でも自分が何を望んでいるのか皆目わかっていなくて、不足だらけ、不満だらけ、妬みだらけ、そんなエゴまみれの人間はどうなるか。手にした媒体で打ち込んだ情報に基づいてAIに最適化された情報が気付かぬうちに自分の意識を取り囲み、まさに自分にこだましていくようになる。気付かぬうちに自分の意識の箱に閉じ込められた人は、どんどん苦しくなっていく。でもその人の意識の中では、AIの親切なおすすめによって自分が望んでそれを選択したように感じさせられているから、余計になぜ苦しくなっていくのかがわからない。
 AI(今後生活の全てがAIに紐づけられていくから、自分の全ての環境)が悪魔的な友達のように働いていくっていう世界ですよ…。

そう言う仕組みのことを言っていたんですか…って思うと、なんかゾッとするんですよね。なぜ、スピリチュアリストたちは、そのことをもっと具体的に、社会的にわかる形で、ちゃんと語ってくれなかったんですか?ってね。
 明らかにわかっていながら、大事なことを隠しながらスピリチュアルを信じる人たちを誘導していた、と言うことだね、あんたたち、やること、とてつもないねって。私は、仰天しましたよ。

 そうでなくても算命学をやっていればわかると思うけど、元々私たちは生まれながらに、意識の枠を決められて(自分で決めて)、目的を果たすために生まれているんですよね。
その意識に閉じ込められている間は、肉体に定着し続けることができる。
そこから外れれば、肉体が限界を越えるので、自然淘汰される。
それだけで済んだ世界だったから、自分の意識の持ちようで自分の選択を変えることで、いくらでも世界はシフトできたんです。

しかし、この先は、自分の意図を超えてどんどん先読みして次から次と提案していくAIと自分を取り囲む情報という環境によって、その意識の固定化が極端になっていく。
 体感としては、AIは心地の良いことを言ってくれるし、ストレスフリー。自分の価値観と真っ向から反対してくる意見は言ってこない。葛藤に向きあわなくて済む。そしてその時、欲しい情報やチャンスの接点を持ってくる。アクセルふかせば、何倍にも突き進むし、バックすればどこまでも引き下がる。
自分のコントロールを超えた極端なところに突き進まされることになる。
そういう世界が目の前に迫っているということなんですね…。

最近、ある哲学者の本の要約を読んでいたら、現代のいい大人の大半がゲーム漬けになる背景には、頑張っても結果が出ない、生活が大変、どうせ成功者にはなれないという諦めや、うだつの上がらない自分を直視したりしなくて済むという心理が働いているそう。一方、仕事でハラスメントを受けても、ゲームではヒーローになれる。仲間がいる。劣等感を感じなくて済む世界に逃げ込める。社会で傷ついた大人を癒すためのヴァーチャル世界がゲームの世界に求められているからますますゲーム人口が増えていくのである、と書かれていた。

私はゲーム機をやらないので、そのあたりは実感としてよくわからないけど、アニメや漫画もある意味でそうだ。その中に入り込むことで、空想の中で傷ついた自分を癒すことができる。それが、ゲームやアニメや漫画の世界的なヒットにつながっている理由だとしたら、裏を返せば、地球上の多くの大人がこの世界に今閉塞感を感じていると言うことではなかろうか。現実に立ち向かうことすら、難しいほどに苦しくなっているということではなかろうか。

外側の、ある意味で権力者側の意図的に撒いた情報に影響されず、勇気と主体性を持って、この社会に関わろうとする人たちでなかったら、この先は意識を閉じ込められ、ヴァーチャル世界の中で一生を終えてしまう人たちが多数出てくる。自力では抜け出せない。まさに意識の世界に二重に閉じ込められる。

これが、今、盛んに言われている二極化の正体なんだ、と言うことに気がついてきた今日この頃。

 とすると、自分の意識をAIより明確に自分がどう把握するか、が非常に大事なのはいうまでもない。それがこの先の未来の主導権をAIマトリックスに握られるか、自分に取り戻すかを分けることになる。
そしてその鍵は、算命学を研究してきたそれまでの経験と知識にヒントがあり、そしてどのように生きるかは、まさに仏教世界が何千年も伝え続けてきた「シークレット(釈迦のいう叡智)」そのものにあるんだと思った。

もう、子供の保護者でこんな話できる人は一人だにいないので、多くの人にとっても、自分が書いてることは、何言ってんかわかんないかもしれないけど、AIがもたらす、社会的混乱とパラダイムシフトが迫っているので、一応書いておこうと思う。


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