階級制

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暑いだろうと薄着をして行ったら、結構寒い日が続いた東京でしたわ〜。
今は、東京オフィスから京都へ帰ってきています。

 先月ですかね、奈良の脳天大神の掃除のあと、霊的なトラブルが起こったことはすでに有料ブログの中で書きましたが、処置してもらったその後も、結局首の腫れだけは、しばらくの間は、治らなかったんですよね。
それで、おかしいな、と思って、検査しました。
それは、何年も前から経過観察していて、ここ2年検査も行けずにいた、その良性腫瘍がいきなりはれちゃってたんですね。
 そしてかなり、成長していることがわかった...。

 おりしも、昨年亡くなったもう一人の娘、辰巳天誅殺のこはるちゃんの月中殺での出来事です。そして、こはるは昨年、突然の首にできた特殊なガンによって腫瘍が大きくなり、手術をしたものの、三ヶ月で亡くなってしまいました。それもこはるの健康中殺・寿命中殺での出来事でした。
 もう猫的には歳は歳だからなぁと、そんなに深くは考えず、手術をすれば闘病生活が一定期間あったあとに、ゆっくりと亡くなるだろうと予測していたので、その後の急変、こはるちゃんの死は予想よりもあっというまでした。
私の首の腫れが起きたのは、辰巳天誅殺のそのこはるの月中殺です。
つまり、こはるからのメッセージでもあります。

 他の算命学ではまず言われることはありませんが、実学算命学では、実は亡くなった故人とそのひとの天誅殺月は関係があるということがわかっています。故人の天誅殺の年、月は、故人からの重要なメッセージが届くときであったりします。(そうであるか、そうじゃないかは、他の気が何重にもプロファイラーにそれを知らせているので、そこで最終判断していますので、そうだからといって、必ずしもダイイングメッセージというわけでもありませんが。)

 しかし、こはるちゃんの死は、私が貯めていた気の濁りをまさにペットが象徴的な症状を体現して、引き受けてくれていたと思います。
だから、ここで生き方を転換する必要がありました。
彼女の死を無駄にするわけにいきません。

 そして、それをきっかけに、私は生産的な毎日を送ることから、今、死んだとしてもやり残しのない人生を生きることを決意しました。そして、人間関係も、自分を理解してくれている人間との接点を大切にし、子供との時間を優先した毎日に切り替えました。
 死からまだ一年切るわけですが、いまこのときに、私もこはると同じように首の良性腫瘍がおおきくなり、腫れたんですね。
ということは、これは放置してはいけない、対処が必要だという天意です。

 そこで、急いで検査。京都のクリニックの先生はデータをみて、甲状腺ホルモンの数字に問題もないし、切る必要もない、経過観察、ということでした。
 医学的な説明では納得したものの、やっぱりこはるちゃんの件がきにかかります。後で後悔しないよう、もう一度東京の専門でセカンドオピニオンを取ろう。と決意して、これまでの何年ぶんものカルテが残っている、都内の先端病院の検査を再度受けることにしたのです。

 どこかで手術を受けるにしても、京都では受けたくない。
 京都のクリニックは東京よりも判断力・人格力すぐれたひとが多いと思いますが、逆に京都の総合病院の医師のレベルは、自分が出会った医師を東京基準で図ると、とんでもなく低いという傾向が見受けられます。京大のかっこつけても経験値の薄そうな医師たちの対応みてもそうだけど、他の京都のあちこちの総合病院の医師たちによくあるセリフ「学校で習った以上のことはわからないんで。」とか平気でいう、まぁ、そんな勉強不足の医師がやたらいるような京都の総合病院環境の中では、彼らに自分の手術を任せようとは思わないです。

 東京は、人格に多少問題あったとしても、偏差値教育で勝ち抜いたm成り上がりたい系の医師がたくさん自分の技術上げに来てるんで、技能的にはやる気ある人が多いだろうし、東京の病院が医師に求めるレベルも高いですから、それだけに総合病院の医師のレベルはある程度約束されていると思うんですよね。いくら京都が好きでも、そこは冷静に見ますよ。経過管理と手術では訳が違います。

 で、もともと通っていた都内の病院でもう一度検査を受けると、結果は、やはり医師の見立ては京都とは違った。良性でも、どんどん大きくなるタイプ。害はないとしても、これ以上大きくなると、首から下の胸に入り込み、いざ手術となった時に合併症リスクが高まる。体力のある今でもいいんじゃないか、ということになり、今年、手術することになりました。
 やっぱり、こはるちゃんからのメッセージを無視しないで良かったよ〜。
ありがとう、こはるちゃん。こはるちゃんの思い受け取ったからね。
「お母さん、無理しないで」そんなこはるからの声が聞こえた気がしました。

で、実家にも、事前に上京ついでに、病院検査に行くと伝えたら、父がめずらしく積極的な連絡をくれたんですよね。
「プライバシーなので、君の意思を尊重するつもりだけど、一緒に説明を聞いておきたい。同席させてくれないか。」って。
 そして、東京の病院の診察室で、手術の決断、医師の説明を、二人ともかなりの高齢にも関わらず、一緒につきそいしてくれたんですよね。
 80なのに、父は「体を大事にしろ、重い鞄、つかれるから俺がもつから。」って持ってくれました。私の方が若いんで、本来逆なのにね。
父は、一生紳士だなぁ、と思いました。

 母にしても、コロナなどもあるので、本来、老人としては、こういう病院についていくというのは嫌なものだと思うんですけど、遠くからこのためだけに出向いてくれたということに、ありがたさを感じました。

二人ともずいぶん、変わったなぁ〜と思いました。
 子供の頃、自分は無視されているという感じが抜けなくて、親に大事にされていると思ったことがほぼなかったんですよ。自分は空気のような存在で、どころか、めんどくさがられる存在なんだなぁと思うこと度々で、できるだけ迷惑かけないように意識して生きてきたつもりです。そもそも、自己イメージとして、中間子の私はかなり、影の薄い子供だったと思います。
ママンも、「どんな子供だったのか、まったく記憶がないんだよね」と言うくらいなんで。

 だから、自分としては、意外な申し出で、おどろきました。
私のために自らの時間を使おうとしてくれる親の真心を、今回、初めてみたような気がするんですよね...。そして、そこに嘘はないと、判断した。

というか、やっぱり、なにかが変わったんですよ。その結果の今のリアリティなんですよ。親も急にそうなったと、なんかそのようなことを言ってました。

で、密かに今、私が実験している術の成功なんだな、とも思ったんです。
気は、同じ時空間を共有したり、遺伝子を共有するものとの間で、確実に深い相関関係があるという実験。(今は、もう実験終わって次のフェーズに進んでます。)

母親の誕生日でもあったんですけど、私はそのこと、すっかり忘れていて、
「よかったなぁ、Jemmyに君の誕生日に会えたじゃないか。プレゼントだね」と父がいったことで「あ!ごめん!忘れてた!」と気がついたくらいでした。するとママンが「あっ、言っちゃダメ!だからダメって言ったのに、気を遣わせるでしょ!病気なのに!」と父を叱ってました。w

もっと頑張れ!とプレッシャーかけられるような親だったのに、無理するな、と親に労られるって、なんか不思議だ!

それで、何もせずして帰るのもいやなんで、なんかしようと思いました。
 終活してるくらいなので、プレゼントと言っても物理的な物も欲しがらないと思ったので、後日実家に誕生日プレゼントがわりの手作りご飯を作りに行きました。
 そして、ワイン飲みながら、父と政治の裏話や京都社会、大戦のこと、食のこと、昔の仕事の事情を色々と話したりして、とても有意義な時間でした。
 ママンが「あんたの情報量、勉強量、領域も膨大すぎて異常だよ....」と呆れてて、「コンサルってのは、やっぱりそれくらい勉強しないと仕事にならないから、普通そんなもんだよ。ひとが知っていることを知ってても、自分の仕事の意味がない。」って言ったんですけど、食品の中に含まれる栄養の話にしても、家事の蘊蓄にしても参考に聞いてくれてました。これも珍しいことです。


 父も余計なことは言わず、久しぶりに楽しく難しい話ができて楽しかったよ、と言っていました。こういう後腐れのない会話が親子でできたのも、ある意味で、初めてかもしれない。

 父の若い頃というのは、大戦の反動、そして朝日新聞はじめメディアの報道姿勢から、多くの一般人が軍人に憎しみを一気に向けた時代でした。
 父の世代の自衛官学生たちは、社会からいわれなき恨みを一気にぶつけられる一方で、国民を守れと、過酷な現場を体験した陸軍海軍経験者から、厳しく訓練を与えられました。

 普通の会社員よりもはるかに危険な任務を遂行し、命をおとしていく仲間たちがいますから、世間が高度成長期、バブルで浮かれていた際も、別に給料が増えるわけでもなく、有事のとき、国のために死ねるか、という死の覚悟のようなものが、自衛官たちには身近な生活の中にありました。
 ママンは、若い頃、いつでもタンスから喪服をとりだせるようにしておきなさい、と官舎に住む先輩ママたちにいわれていたそうです。
 だから、自分としても、質素倹約、決して恵まれた家庭環境だとはまったく思ったことがなかったんですけど、大人になってから外国人と話すと、退役した父のもとの階級を伝えると、「まさか!」のリアクションをもらいます。

「きみ、かなりのお嬢様なんだね」と、目を丸くして彼らはかなり大きな反応をするので、えっ、英語、訳し間違ったのかな?といつも不安に思ってたんですけど、今回、改めて父に聞いてみたところ、まぁ私の英訳は間違ってなかったんです。しかし外人に、嘘だろ!と疑われるような階級だったんですね。

 あらためてこれまでなんともおもってなかった父の階級を確かめて、米軍に置き換えて考えてみたら、えっ、確かにやばくね?と気がつきました。
 父がトム様時代、士官学校一番でパスしたエピソードも聞きました。
今はようやくそれが国際的にどういう意味をもたらすかということを理解することに至り、もはや言葉もありません。なんで自衛官と海外の軍人はこんなに取り扱いに乖離がありすぎるのでしょうね。一瞬、自分が、ロシア帝国の落ちぶれた貴族の子弟になったような気分になりましたよ。(←貴族は完全に言い過ぎ。w)

そして、同時にコンチクショウと思いました。w
前のマンションの管理人のあの態度を思い出して!!
「あなたたち、京都で〜〜さまの物件をお借りできることをありがたく思って。〜〜様は、東京の官僚と結婚されていて、京都のあちこちの物件をお持ちになってます。その〜〜様に信頼されて、私は管理人をやってるんです。それにくらべて、あなたたちはお行儀が悪い。あなたのような庶民、〜〜様と比べたら!」自分の雇い主に敬語を使い、客の賃借人の私たちに見下し言葉をつかった前の物件の管理人の態度です。

都会に住む人、こんな話まじかって、耳疑うでしょ。
身分制で下位の人間あつかい?今の世の中で?って、私も思いました。
いや、本当にそういうこと平気で面と向かって言うようなひとが、京都にいるんですよ。まさに、この物件管理人のおばちゃん。(録音しときました。)
 人格的に浅ましい雑な人たちの集まる人間の層では、京都がもともと血族社会が力を発揮する地域なんで、財産量とか地位とかなんとか勲章とか、そういうのをやたらとありがたがる価値観全面に出す人たちがいるんですよね。

 幅を利かすために、伝統ステイタスを振りかざす。そしてそいつ自身は小物のくせに、虎の威を借る狐になってマウントとってくる。そして、目の前の相手がすごくないとおもったら、相手をクソミソの取り扱いするんですよ。
そういうのって、かえって下品だと思うんですけど、いるんですよ。まれに。
そういうのに運悪くあたってしまった。

 京都で物件を借りるときはこっちの足元を見られて、そのひとに言われたい放題になっていたけど、父の階級を聞いた後、もっと早く知りたかったと思いました。そんなやつらの印籠になったじゃんかよ!!


「そういう目線軸なら、あのおばちゃんの上司の〜〜お嬢様より、国際レベルでみたら、むしろ全然、私の方がすごかったじゃんかよ!w にゃろ〜、この事実を突きつけたら、あいつを黙らせてやったのに!」と、家族にぶちまけておりました。(↑父はすごくとも自分自身は、こんな調子なので、とても育ちがいいとは思われない。w)

 下の娘が大好きなミュージカル。サウンドオブミュージックのトラップ大佐一家は、湖畔のお城に住んでたんだけど、日本の、トラップ大佐よりも上の階級の自衛官一家は、せいぜい6畳か8畳が数部屋の官舎暮らしが大半の生活でありました。あぁ、悪いと思って、親に小遣いもらうのを遠慮したあの日!

この差はなに?!
なんかまちがってない〜〜?!

親の七光りもなにも、そもそも父親の職業から特権を感じたことがまったくなかった自分。きっと、わたしだけじゃない。警察も海上保安庁も消防庁のご家族も、いくら出世しようとも、海外のようなリスペクト目線は向けられてないでしょうね。だって、公務員=税金泥棒扱いされる方が多い日本。
政治家がろくでもないからって、公務員全部がそんな目線で見られるなんて。

日本っておかしくない?!国が違えば!!うぉ〜!もう〜〜!!
と、帰京後、吠える私を前に、ぴかちゅうと娘たちは「これから、自分でがんばれ!」と励ますのでした。

夏か秋に手術になると思うんだけど、これも必要だから起きてきたことだと思うんですよね。そして、これが私の大運の切り替わり前の最後に起きてきたことでもあるので、集大成的なものでもあるんだろうな、と思います。
 まさにこういう時に、首から上にご利益のある脳天大神に行ったことも、自分の意識が引き寄せてきたタイミングなのだろうと思います。(ご利益なのか、災なのかは、術後の経過次第だろうねって苦笑いしたとこですけど、いい方に考えよう。)

次回東京に行くのが、なんと2025年の7月初旬。
気づいた?例のターニングポイントですよ!
なんだかなぁ〜^^;
 東京で災害とか噴火とかミサイル発射とか、色々問題が起こると言われている日に東京に行くことになったわけなので、今、次々と関東の友人たちが東京脱出の計画を立てている中、かえって私は、逆にわざわざ東京に行くことになったわけなんで、もうロシアンルーレットの気分だよね。w

その上、その前に、6月21日に夏至があります。
今年の夏至のパワーは、まさに!だろうね。
今でさえ、次々と私の周囲の人たちは意識を大幅に変えてきていて、各々が色々と変化しているので。
そして、断崖絶壁を登るような急角度での上昇分岐点を通過し、ライオンズゲートへ。心の変容は、もう今からめっちゃいそがしいですよ、みなさん。

プライベートもどんどん変化して、自分に合った人間関係もどんどんできてきていて、仕事も多岐にわたってきています。

趣味と仕事の延長でスタートした京都市の公共機関とのイベントもいま企画打ち合わせ段階で、楽しみです。
 いろんな芽はそれこそでてるんですけど、なにぶん、全然公式ウェブサイトも更新されてません。(汗)よくチェックされてる方、ごめんなさい。
 手術が終わって気が整って、受付窓口をもう少し広げられる体力的なゆとりができたら、今の公式ウェブサイトにイベント情報上げられるようにしたり、少しリニューアルしようと計画しているところです。
 多分、ワークショップや動画コンテンツも作る。手術後は一時的に声が出せなくなるので、そういうのも無事に手術後、京都に帰ってきたらなんですけどね。しばらくは、自分の感覚重視で生きていきたいと思っています。

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