憧れのクリエイティブディレクターに、ならなかった。

憧れのクリエイティブディレクターに、ならなかった。

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デザイン・イラスト
デザイナーになるのって、やっぱり美大を出てないと厳しいのかな。
そうでなくても仕事をしていて、周りの優秀な人を見ながら「自分はそもそもの出来が違うな」と感じたことがある人もいるかもしれません。

僕もかつて周りの美大出身のデザイナーを見ながら「育ちが違うな」と思っていました。
でも18年仕事をしてみると、同じものを持っていなくても、別のやり方はちゃんとありました。
今日は、そんな自分なりの戦い方が少しずつ分かってきた話です。

育ちが違うかも

デザイナーの道に踏み出したとき、
「憧れのクリエイティブディレクターみたいになりたい」と思っていました。
当時はクリエイティブディレクターとアートディレクターとデザイナーが、それぞれ何をしている人なのかも、よく分かってなかったのですが。。。
とにかくデザインを見て、かっこいいなあと。
こういうものを作る人になりたい!くらいの、
かなり漠然とした憧れでした。

専門学校を出て、
デザイナーになって、
2社目に入った会社では、周りに美大出身のデザイナーしかいませんでした。
親がカメラマンだったり、イラストレーターだったり、美術部にずっといたり、美術予備校で骨身を削ってきたり、美大で専門的に勉強してきていたり、有名なデザイナーさんのもとで師事していたり。
話を聞いていると、なんというか、
育ちが違うかも、と思ったんですよね。

僕の家は、一眼レフカメラをおもちゃがわりに持たされたり、写真集がたくさん置いてあるような家でもなかったし、親が美術展に連れて行ってくれるようなこともありませんでした。
図工は好きだったけど、別にめちゃくちゃうまかったわけでもない。
社会に出てから、そういう人たちが子どもの頃から積み重ねてきたものを全部取り返すのは、まあ無理だよなと思いました。
それはデッサンとか色彩構成みたいな話だけじゃなくて、
実際に一緒に仕事をしていても感じました。

「これ、かっこよくないですか?」

デザイナーになりたての頃、お恥ずかしながら本当に感覚で喋っていて、
「これ、かっこよくないですか?」
みたいな。
上司から「なんで?」と聞かれると、その先があまりない。
話していても、自分が何を伝えたいのか分からなくなって、あっちゃこっちゃ脱線して、ごにょごにょ話しているうちに、
「ごめんごめん、何が話したいの?」
と言われる。
結構辛辣な上司だったので、普通に言われてました。
今思うと、デザインの提案じゃなくて説明で終わっていたんだと思います。
文章を書くのは昔から好きだったんですけど、文章力があったかと言われると、、、たぶんなかった。
デザインも言葉も、なんとなくでやっていました。
一方で周りを見ると、ちゃんと「なぜこうなのか」を話せる人がいる。
相手の話を理解して、必要なことを聞いて、考えたことを筋道立てて説明できる。
当時の僕からすると、デザインの能力というより、なんかもう「人間としてレベルが違う」くらいに感じていました。

「何が話したいの?」が悔しくて

そりゃ原因は僕にあるわけで、デザイナーたるもの自分が作ったものの説明ができなくてどうするんだと思いました。
ので、本を読んだりしました。
「結論から話す」とか、本当にそういうところからです。
喋り方を意識したり、どうやったら相手に伝わるのかを考えたり。
デザインについても、「かっこいい」で終わらずに、なんで「かっこいい」と思ったんだろう、と考えるようになりました。
例えば80年代っぽい表現を見たときに、ただ「レトロでかっこいい」ではなくて、色だったり、粒子感だったり、印刷のズレみたいな表現だったり、見た目だけじゃなくて質感も寄せてるんだな?とか。80年代映画ポスターのオマージュかも?とか。
自分の中にある別の情報と結びつけて話せるようになってきて、
少しずつ前より喋れるようになったな、と思うようになりました。

コンセンサス???

同時に、相手が分からない言葉を使っても意味がないというのも分かってきました。
若い頃って、カタカナ語を使うとちょっとかっこよく見えたりするじゃないですか。
僕もたぶん、そういうところがありました。
でも自分が逆の立場になったときに、イケイケの営業さんとの打ち合わせで出てきた「コンセンサス」という言葉を聞いた瞬間から
「コンセンサスって何?」と思っているうちに話がどんどん進んでいって、その後も出てくる「コンセンサス」の意味を推理しているうちに打ち合わせが終わってしまいました。結果ぜんぜん打ち合わせの内容を覚えていない、みたいな経験もして。
これは意味ないなと。
だから今は、できるだけ中学生でも分かる言葉を使おうと思っています。
相手が使った言葉なら「あ、この言葉は共通言語なんだな、使っていいんだな」と思って使うけど、基本的には背伸びをしない。
自分でもよく分かっていない言葉を使うと、結局自分もその言葉に振り回されるので。
そんな感じで、足りないものをひとつずつ埋めていきました。

ちょっとずつ必要なことから

ただ、最初から全部を埋めようとはしていなかったと思います。
周りの人と同じやり方をしても、たぶん勝てない。
美大に入り直すわけでもないし、子どもの頃からの美術の蓄積を今から全部やり直すわけにもいかない。
だったら、今の自分に必要なことからやるしかないなと。
精度で勝てないなら、手数を増やす。
命中率は低くても、とにかくいっぱい作る。
早く作る。
参考をたくさん見る。
良いものがあれば、良いところを取り入れる。
そういうことをやっていました。

どうせならやりたいことをやってレベルをあげたい

本を読むだけでは限界を感じてきて、
やはり実践しないと身につかないと気が付きました。
僕は結構八方美人だったので、人から頼まれためんどうな仕事に対してあまり抵抗がないこともあって、「今手伝えたりする?」みたいな声がけにはどんどんのってましたね。
自分としてもいろんな仕事をしたかったので、おもしろそうな仕事をしている先輩がいたら話しかける。
「今やってる仕事の資料集めだけでも入れますよ」とか、
「今だったらポイントで作業できますよ」と言ってみたり。
今思うと、そんな感じで自分を売り込んだりして担当外の仕事に参加させていただいていましたね。すごい贅沢です。

目の前にやりたい仕事があったので

僕はWebデザイナーとしてその会社に入ったんですが、子どもの頃からパッケージデザインが好きでした。
で、目の前にパッケージの仕事をしている人がいる。
だったら、その人と関わればいい。
最初はアシスタントみたいなところから入って、レタッチを手伝ったり、小さなおまけ的な仕事をやらせてもらったりして、徐々にパッケージの仕事にも案件の開始から関わらせてもらうようになりました。
おかげで先輩が独立したあとにも、個人的にレタッチの仕事をもらうこともありました。

Webデザイナーとして入社したけど、結果的には自分が昔からやりたかった仕事に少しずつ近づくことができました。

今だったら「自分ができることを考えて、どうしたらできるか?を考えて行動した結果、自分がやりたいことを引き寄せた」とか言えますけど、当時そんな説明ができように行動していたわけではなかったですね。
「この人たちと同じ山を登ってもしょうがないな」
くらいの感覚は、割と早い段階からありましたが。

だったら、自分ができることで別の山に登ればいい。

模写にも抵抗がなかったし、自分の世界観を守らなきゃ、みたいな感覚もあまりありませんでした。
売れ線の表現も好きだったし、ミーハーだったので、「これ今流行ってるな、作ってみよう」くらいにこだわりもなかった。
そういうのも、今振り返ると商業デザイナーとしては結構得だったのかもしれません。

0→1 と 1→100

そんなふうに仕事をしていたら、
僕がやりたいことは「憧れのクリエイティブディレクター」のように大企業のブランディングを手掛ける、よりもすでにある商品だったりをより魅力的にみせるような仕事に強い興味があることに気づいていきました。
「憧れのクリエイティブディレクター」が0→1のタイプなら
「僕」は1→100のタイプ、ということですね。

それでもやっぱり「憧れのクリエイティブディレクター」に、
「0→1」の人になりたいと思っていました。
自分の世界観があって、すごい仕事をしている人になりたい。
でも仕事を続けていくと、少しずつわかってくるんですよね。

僕が「クリエイティブディレクター」という職業を知った頃、具体的にどういう仕事なのか、よくわかっていなかった。
デザインの仕事にもいろんな役割があるし、デザイナーにもいろんなタイプがいることがだんだんとわかってきました。

犬は猫になれない。

僕は猫が好きなんですけど、昔は猫みたいな人間にものすごく憧れていました。
気分屋で、ひとりでも全然平気で、媚びずに好きなことをやっている感じ。
僕もそういう人間だと思い込もうとしていた時期があったんですが、
どう考えても僕、犬なんですよね。

僕は結構八方美人だし、人と関わりたいし、頼られたら嬉しい。
猫になろうとしても、犬は猫になれない。
たぶんデザイナーとしても同じだったんだと思います。
憧れていた人と僕は、タイプが違った。
炎タイプと水タイプ、くらい違う。
どちらが良いとか悪いとかではなくて、そもそも流派が違う。
それが分かったとき、結構楽になりました。
「あっちじゃないんだな」と。

憧れのクリエイティブディレクターと同じになる必要はないし、
僕はそこに向かうルートにいる人でもない。
でも別に、それを悲しいとは思わなかった。
逆に、
「あの人も僕にはなれないし、ならないしな。」
と思えるようになった。

若い頃は、憧れている人に近づくことが、そのまま成長することだと思っていたのかもしれません。
でも18年やってみると、近づく必要がなかったこともある。
たぶん、それでよかったんですよね。
犬は猫になれないし、ならなくていい。

こっちの道が僕には楽しいので、
このまま歩いてみようと思います。



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