かつて私はおっぺけぺーだった。
良く言えば『人が良い』
だから仲良しの人とのお付き合いは
それはそれは大事にしていた。
駄菓子菓子!
そのお付き合いをしていると
自分の人生が停滞することに気が付いて
『NO』を言う事を覚えた。
もともと運動が好きで
ウォーキングや筋トレは好きだった。
だからお付き合いの時間を少し
自分時間に割こうと思った。
そしたら仲良しママは『一緒にやる』と言ってきた。
だが仲良しママはついてこれなかった。
途中で何度もお茶したいだの
休憩したいだの、たばこ吸いたいだの
疲れたから帰りたいだの
挙句運動する事やウォーキングに行くことを
否定したり行くなと脅し始めた。
多分あの時はどうしていいか分からずに
穏便に済ませるために
仲良しママの言う事を聞いたのかもしれない。
今、筋トレしつつ思う。
あの人は嫌な人だった
意地悪な人だったなと
だけどもっとよく考えると
その人と仲良く付き合っていたのは『私』であり
人生が停滞していたのは『私』の責任だ。
それでは何故私は彼女と仲良くしたのだろう?
よくよく考えると、甘え方が自分の母親に似ている気がする。
甘えて人をコントロールするのに長けている人だった。
だから私の長年培われた甘えん坊さんに尽くすスキルが
発動したのだろう。
では何故面倒な相手に迎合したのか?
『私』は、やりたいことがあり目標がある。
にも拘らず、メンドクサイ相手に迎合していた。
何故だ!
(坊やだからさ)
メンドクサイ相手だから、迎合したんじゃね👻?
あぁー、はいはい。と適当に相手に合わせるのは
話をするのも面倒な人で、この人には話が通じないと
『自分の中で気が付いている』から、迎合するのかも。
本当に仲の良い人は、互いの予定を尊重する。
しかし迎合する相手は、こちらの都合なんぞ
お構いなしな人が多い気がする。
過去私が迎合してきた人は
『私』が面倒と感じていた人だったのかもしれない。
だからこれからは『私の予定』を尊重してくれる人と
仲良くなろうと思った。
何かスッキリ✨
過去の人生の見直しは大事だ。
疎遠になって、感情的に気持ちが振れなくなった今だからこそ
『あの時なんであぁだったんだろうねぇ』と見直しするのは
凄く大事だと思う。
人生において人間関係は物凄い影響がある。
しかし人との関わり方を決めるのは自分。
例え親兄弟でも、自分。
人間関係がこじれて縁を切っても
あいつが悪い、こいつが悪いだけで終わらせるのではなく
人生の見直しをすることで、問題の根っこが見える。
人生の復習は、誰かを責めたり
自分の欠点を見つけて落ち込む作業ではなく
これから上手に生きるための戦略のために
大事なことだと思うんだ。