ENOMARUAL 第11回:なぜ、「DV」が最強の関係なのか?〜オストラコンとサーチコスト〜前編

ENOMARUAL 第11回:なぜ、「DV」が最強の関係なのか?〜オストラコンとサーチコスト〜前編

記事
学び
 夕方のオフィス。
上司の理不尽な指示に内心では疑問を抱きながらも、まわりの同僚たちが一斉にうなずく空気を感じ取り、反射的に笑顔で「承知いたしました」と返事をしてしまう。

 私たちは「自分の意志でこの会社を選び、自分の頭で考えてこの場にいる」と思い込みながら、その実、その場の空気や同調圧力に逆らえずに流されていきます。

しかし、この構図も2500年前の古代アテネから一ミリも進化していません。

1. 日常のなかに潜む「見えない恐怖」
 私たちが職場で「空気を読んでしまう」のは、性格が弱いからではありません。

人間は誰しも、「この群れから外れたら生きていけないかもしれない」という本能的な恐怖を抱えています。

 少しでもまわりの人と違う意見を言えば、村八分にされるのではないか、嫌われるのではないかという不安が、私たちの頭を真っ白にし、自分の本音を押し殺させます。
 この「見えない空気におびえる構造」は、実は古代の国家でもまったく同じように起きていました。

2. ペロポネソス戦争とデマゴーグの暴走
 紀元前5世紀後半、世界初の直接民主制(市民全員で話し合って政治を決める仕組み)を作り上げた古代アテネは、ライバルである※スパルタとの「ペロポネソス戦争」という泥沼の総力戦に突入していました。

 「いつ負けるか分からない」「敵が攻めてくるかもしれない」という極限の恐怖と不安が市民たちを包み込む中、前回の記事でも触れたデマゴーグ(大衆扇動者:耳当たりの良いウソや過激な言葉で人々の感情をあおり、人気取りをする政治家)たちが表舞台に現れます。
彼らは「我々が負けているのはあいつらのせいだ」「こうすれば絶対に勝てる!」と叫び、不安に怯える市民たちの心を完全に奪っていきました。

3. オストラシズム(陶片追放)という排除の仕組み
 不安に狂い始めたアテネ市民たちは、冷静な話し合い(熟議)を忘れ、「少しでも空気を乱す者や、目立つ優秀な人物」を敵だとみなして排除し始めました。これが、かつては独裁者を防ぐための安全弁だったはずのオストラシズム(陶片追放:陶器:オストラコンの破片に追放したい人物の名前を書いて投票し、多数決で国外追放にする制度)のなれの果てです。

 冷静さを失った集団が、恐怖心から「異分子を仲間外れにする」ことでしか一体感を保てなくなり、国全体が滅亡へと向かっていく――これが、歴史上の「衆愚政治(民衆が理性的な判断力を失い、感情や勢いだけで誤った決定を下す政治)」の正体です。

※歴史の雑学:
私たちが生きる現代でも、「スパルタ教育」や「スパルタ式」という言葉は、「厳しく鍛え上げる」「一切の甘えを許さない」という意味でよく使われます。この言葉の由来となったのが、古代アテネの最大のライバルであった都市国家「スパルタ」です。

アテネが「民主主義」や「自由な議論(開かれたポリス)」を重視したのに対し、スパルタはその真逆をいく「完全な軍事管理社会(閉ざされた超・全体主義国家)」でした。

 スパルタでは、子どもが生まれると国がその体を厳しく検査し、少しでも虚弱であれば「戦えない」として容赦なく谷底に捨てられるという過酷な選別が行われました。男子は7歳から親元を離れて軍事教練施設(アイゴーゲ)に入れられ、痛みや飢えに耐える訓練を徹底的に叩き込まれます。

 個人の自由や私生活、芸術などは一切認められず、人生のすべてが「兵士として国に尽くすこと」のパーツとしてシステム化されていました。

 アテネ市民が「言葉と投票」で政治を動かしていたのに対し、スパルタ市民は「絶対的な服従と規律」によって国家を維持していたのです。

 個人の自由や多様性を重んじるあまり、空気や同調圧力に振り回されて自壊していったアテネと、個人の権利を完全に剥奪し、鉄の掟と管理で国を維持したスパルタ。

 この「自由すぎて崩壊する社会(アテネ)」と「管理されすぎて息が詰まる社会(スパルタ)」の対立構造は、そのまま私たちが生きる現代の会社組織や人間関係のあり方(緩すぎる環境と、ブラックなまでに管理された環境)の二大極を、そのまま映し出しているようにも思えないでしょうか。
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