第1回 御三家が歌った青春のまぶしさ

第1回 御三家が歌った青春のまぶしさ

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私が小学校へ入った昭和35年頃、日本は所得倍増、高度経済成長という言葉に象徴される時代へ踏み出していました。白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫が憧れの品となり、東京オリンピックへ向けて町も暮らしも急速に変わっていきます。大人たちは働き、子どもたちは明日は今日より豊かになると、どこかで信じていました。

その頃、若者の胸を明るく照らしたのが青春歌謡です。橋幸夫の「潮来笠」は股旅歌謡の香りを残しながら若々しく、やがて吉永小百合との「いつでも夢を」は、未来を信じる時代の空気そのものになりました。舟木一夫の「高校三年生」は、学園生活と別れの切なさを全国の若者の歌にしました。西郷輝彦の「君だけを」には、都会的で軽やかな新しさがありました。三人は「御三家」と呼ばれ、そこに三田明を加えて「四天王」と呼ばれることもありました。

彼らが歌ったのは、暗い酒場や人生の苦労だけではありません。制服、校庭、修学旅行、初恋、希望。若者の日常そのものが歌になったのです。これは、戦前から続く流行歌の世界に、戦後生まれの青春がはっきり姿を現した出来事だったと思います。テレビの普及も大きな力でした。歌手は声だけの存在ではなく、髪形や笑顔、立ち姿まで含めて憧れのスターになりました。

私の歌謡曲との出会いも、この青春歌謡でした。子どもだった私にも、歌の向こう側に少し先の自分、まだ知らない青春が見えたのです。今聴き返すと、あの頃の歌は驚くほど素直です。夢を見ることを恥ずかしがらず、好きな人を思う心をまっすぐに歌っている。そのまぶしさこそが、成長する日本の表情だったのでしょう。

読者の皆様へ 青春歌謡を聴くと、皆様はどんな学校の風景を思い出しますか。

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