いまあなたに伝えたいこと

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という投稿コンテストをやってると通知が来たので、書いてみようと思う。
「大切な誰かへの"いま"の想い」を文章に残したらどうだいって趣旨だそうだ。

であるなら対象はもちろん、自分だ。
自分以上に大切な人なんていないからだ。
自分以外の大切な人への想いももちろん大事なものであるが、それらは自分を大切にして、愛した上にあるものでなければ、何かしら歪なものになってしまうだろう。

以前に比べたら自分を愛するという方向の考え方も世間に受け入れられてきていると感じるので、今言ったようなものはそこまで特異にはうつらないと思うが、それを多くの人が実践出来ているかと言うと、まだそこまでの段階ではないとも感じる。

自分以上に大切な人はいないと言ったが、仕事先・学校・友人関係・恋人等はもちろん、家族、つまり自分の親兄弟、そして子供でさえも、自分より大切な存在ではないのだ。
それはある種の常識とは異なるものである。が、このことは自分にとっては紛れもない真実である。
ただ実際子育て期間という、時間的精神的にとてつもないエネルギーを要するものを経験してきた身としては、自分より子供が優先、という考え方に陥るのはとても自然な、逃れ難いものであるのも理解出来る。
出来るが、その上であえてその真実を掲げたい。
それは親子であっても別々の存在であり、その独立性は犯すことが出来ないし、混同することは本質から遠ざかることに他ならないからだ。
念のため言っておくが、ここで言う大切とか優先は、お金とか時間とか物質的なものもある程度含むが、自分の中での設定のことだ。
詳細は長くなり過ぎるので省くが、あくまでも自分がメインであるという覚悟だ。

最たるものである子供に対してを主に説明したが、そこに限らずその考え方を潔く遂行することによって、様々な社会的抵抗を感じることになる。
自分の場合は自分の本質を足蹴にして、厚い氷の下に閉じ込めてきたので、その反動たるや相当のものであった。
それでも、自分の本質が求めるものから目を逸らさない。
なぜなら現実世界において限界が来たからだ。
自分が作り出した歪みによる様々の現象と、本質に向き合うことで感じられるそこからのメッセージにより、もう逃げられないことを教えられたのだ。
もう一度自分を殺して、自分と自分以外の大切な人達を大事に出来ないよりはマシだということに気付けたのだ。

一見独善的に見えるこの行為によって、自分の世界は満たされていく。
そうすることで、いままで体裁を繕ってきた自分以外の大切な人たちとの関係性にも、明らかな変化が現れる。
自分が満たされているので、他者の評価や他者との比較に割いていたリソースが必要なくなり、不安や不足も少なくなることで寛容にもなり、よりフラットで混じり気の少ない愛のカタチを作っていける。
それをもってした方が、誰かの理論で他者を大事にすることより、はるかに合理的であることは明白だろう。

そういうわけで、よく聞くようなセリフだと思うが、以下に愛の循環についての原則を書く。

誰かを愛したいなら・愛されたいならまず自分を愛する
自分を愛することで他者を愛し・愛される
自分を愛することで溢れた愛のみ他者には与えられる
その愛はより大きな愛となって自分に戻ってくる

こんな循環が世界を覆えば、どんなに素晴らしいことになるだろうか。

さて、一番最初に、自分以上に大切な存在はいないと言った。
でも本当の本当は、以上とか以下とか、そういうものはないのだ。
愛の中では全ては等しく大切なものだからだ。
現世においてそれをどこまで体現出来るかわからないが、ここではその真理に沿ってみたい。

つまり、ここに今書いてきたことが、これを書いて読んでいる「自分」と、これを読んでくれている「自分と等しく大切なあなた」に、いま伝えたいことだ。
全ての人が愛の中に生きられますように。
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