離@横山光輝三国志から学ぶシリーズ①

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コラム
はい唐突に始まりました、横山光輝三国志から学ぶシリーズです。わー

孔明が北伐でどこだかの城を攻めていた時に、色んな策を試してみるもいまいち成果が出ず、時間と戦力を浪費する形になっていた時に、配下の姜維がやってきて、ちょっとその城に執着しすぎなんじゃね?と言ってきた。
それまで神がかり的で人間らしさを感じさせなかった孔明が北伐のあたりからミスったり気持ちが揺れたりと色々人間味を出してたエピソードの一つって印象だったが、その姜維の進言を聞いて孔明が
そうじゃ、「離」だ、「離」こそ大事であった
という感じで気付きを得ていた。
北伐という目的を達成するために、その地点の城を落とすのが絶対に必要な事だったのだが、その手段を自分で限定してしまっていたのだった。
その気付きを得た孔明は全く違う視点で成功をおさめる。

執着や固執というものは人の目を曇らせる。
この人がいないと生きていけないとか、
今の仕事を辞めたら生活していけないとか、
今は忙しいから・お金がないから・他人の目が気になるから出来ないとか、
こういうのは自分には出来ないとか自分はこういうタイプじゃないとか、
逆に自分にはこれしかない・これをやらないと自分じゃないとか、

そういうのに気付けるいい方法がある。
自分の口癖だ。
これよく言ってるなぁ、と気付くことがまず大事だ。
そして気付いたら、なぜそれを言っているのかを考えてみる。
よくよく考えてみたら、全く合理性がなく、なんでそう思っていたのかも謎なものって結構あるもんなのだ。深掘れば理由は必ずあるのだが。
ただ口癖レベルに定着しているものに対して自分一人でフラットな視点で見るというのはなかなか難しいものがあるので、信頼できる人間に手伝ってもらう方が早いかもしれない。人はよく選んだほうがいいが。

ちなみに考える以前に、その発言が自分の価値を落とすものであったら、即座にやめる事をオススメする。
自分の周りで、とても素晴らしい人物なのだが、謙遜の文化に毒されていつも自分を低くしている人がいて、名前も素敵なのだが、その名前を褒められた時に「名前だけですよー」と度々言っているのを聞いた。
もったいない、激しくもったいない。
自分の発言を一番しっかり聴いているのは自分だ。
なのに自分を貶めていたらどうなるかわかるだろう。
そうなるのだ。
本当に名前だけの存在になってしまうのだ。
ほら、もったいないでしょう。
他人からどう思われるとかマジでどうでもいいから、褒められた時に自分を落とす方向の返答は避けたいところだ。
それでも体裁が気になるケースなら、ストレートに返さないで相手を上げるやり方がベターだろう。

まぁそんな感じで、自分が実はめちゃくちゃ握りしめていたという事に気付いて、距離をとって観察してみると、なーんだ、なんでもねーじゃん、とか、全然他の方法でよかったじゃんwみたいになるもんなので、なんか上手くいかない事がある時に試す価値はあると思うよ~
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