昨日、久々に旧友から連絡が来た。
細かくは言わないが、その旧友の子供のことを自慢したいものの、表現として否定する方向の、よくあるやつだった。
いやいやすごいじゃーんと言ったが、それに重ねて子供を否定。これもほんとよくある流れ。
それ自体は別になんてことないもののはずなんだが、妙にイラッときて、そんなん子供の勝手やろがいという風な事を言った。
ただ送ってから、何かザワザワしていた。
強めな表現をしたから反応を心配しているからなのか、それともまた何か別の原因なのか…
と探っていたところ、思い当たったのは、自分が他人から自分の感性を否定されることへの抵抗感。
ちょうどその旧友の子供の立場と自分を重ねた形だった。
抵抗感=否定されたくないという気持ち。
気付いた時に、なるほどまだ自分は他人からの評価で自分の自信が揺らいでしまうという認識だったのだなと感じた。
まぁ無理もない、他人からの評価を気にし続けてきた時間が、自分の人生のほとんどなわけだから。
また自分が自分に与える愛による自信を感じられてから日が浅いもんね。
まだそういう人間的なところがあってカワイイものだわね〜(笑)
こういう細かな感情を拾ってあげるのも、自分の形を認識するのにものすごく有用なので、丁寧に見ていってあげたいものだ。
そしてしっかり認識さえできれば、誰にも侵されない完璧な存在である事さえわかってしまえば、もう無敵だ。
…で、後から気付いたんだが、このあぶりだしも、後の超絶発見につながる一つのピースなのであった。
乞うご期待。いや乞わねーなw
刮目せよ!いやしなくていいなww
じゃあなんだ。
届く人に届いたら嬉しい
これだな