コロナを単に悪者、加害者として見るのではなく、教訓として
学ぶべきことがないか、という視点もあるのではないか、と思います。
まず、コロナは人間性を明らかにする、ように感じます。
コロナに感染した場合、感染したかどうかの検査の時、感染後に
回復した後の後遺症の差、などで色々と考えることができると思います。
最近では、コロナに感染後、回復した後の後遺症について報じられることが
増えてきました。単に、後遺症の内容を伝える番組と、後悔した人の意見を
伝える番組が出てきました。
感染予防対策をしていたのに感染した場合は、同情します。おそらく多くの人は、同様の感情になると思います。
しかし、そうではない場合はどうでしょうか。
好き勝手してきた場合で、感染したケースです。
20代で感染したケースの後遺症について語られていました。
同情する気には全くなりませんでした。
浮かんだ言葉は、自業自得でした。
他のケースも見ていましたが、同様でした。
なるべくしてなった、当然の結果、でした。
むしろ、当人だけならまだ救いがあります。
無関係の他人に感染させているのではないか、と思いました。
自分勝手な人たちは、共通していることがあります。
「自分のことしか考えていない」、ことです。
番組で伝えられていた内容も、「自分が、自分が」ということ
だけでした。他人に迷惑をかけたことは、考えているように見えませんでした。このような考え方だから、感染した、とも思いました。
倫理のテキストにすべきです。
生きた教訓となります。
自分さえ良ければいい、という人はコロナのような天罰を受けることになる、
のような教えです。
エクモから約半年後に解放された人も紹介されていました。
半年間も多数の人に迷惑をかけています。
人だけではなく、費用は国が負担しています。
そのことに対して、この人は感謝しているようには見えませんでした。
私の目が曇っているのか、または節穴なのかもしれません。
少なくとも、私には良くは見えませんでした。
なぜ、感染したのか。
なぜ、生きることになったのか。
これを真剣に考えるべきと思います。
芸能人等が例です。
生きたいと執着していた人もいたはずですが、できません。
これは天が決めることです。
生かされたことには、何らかの理由があると思います。
五体満足とは限りません。
残りの余生、障害を持ち続けることになるかもしれません。
そうすると、今のパラ五輪が有用になると思います。
何のために競技をするのか、理由を知ることになります。
理由がないなら、すべきではないと思います。
ワクチン接種が進んできましたが、進むにつれて感染者が増えて
きました。相反する結果になっています。当初は、接種が進むと、
感染者が減る、という説明でした。しかし、現実は逆です。
他国でも同様です。感染者が増えています。
やむを得ないので、接種回数を増やすしかない、という選択肢になって
きています。費用も増えます。ほとんど報じられませんが、すでに
国内の予備費は半分程度がワクチン費用に充てられました。
今後、さらに必要になるのは明白です。
費用の財源の問題が発生します。
手っ取り早く回収するには、全国民から強制的に徴収することです。
「消費税」です。とても便利な税と思います。
選挙さえクリアすれば、一気に増税するかもしれない、ことを警戒すべきと
思います。
ワクチンの前の段階、検査でも「悪党」が出てきました。
数千円の診察費を返せ、とゴネ倒した者が報じられました。
数時間、多くの診察待ちの人が「被害」を受けました。
このような悪党は、有無を言わさず排除すべきです。
排除するのは暴力団だけ、は不公平と思います。
悪党や前科、前歴がある者は、排除することが必要と思います。
大多数の一般人は、前科や前歴はありません。
氷山の一角がバレて、前科や前歴に繋がっています。
悪党排除法、悪党排除条例等が求められると思います。
一般人が被害を受ける行為=悪党の所業とすると、今回のような
「悪党」は排除条例で逮捕可能になるでしょう。
反社会勢力や暴力団だけが排除されるのではなく、悪党を全て排除する、
これが必要と思います。
数千円の診察費をごねるのは、悪党の因縁の付け方と同じです。
コロナが陽性となったことを、陰性にしろ、ということも同じです。
悪党を排除し、隔離することが社会を安全、安心にできると私は思います。
そうすると、今の国会議員は非常に多くが「隔離」されるでしょう。
浄化しないといけません。
悪党を排除していけば、最後に残るのは善良で正しい人、となります。
最後に残った人たちであれば、天界に近い状態になってくると思います。
コロナを通して、遺言書について知った人もいると思います。
突然死に近いことがコロナでは生じることがあります。
話せない、書けない状態、意思表示ができない状態になる前に、遺言書を
残すことが大切です。相続人に迷惑をかけないため、です。
理想は公正証書遺言です。
自筆証書でも十分です。
後のことを少しでも考えていれば、残すべきです。
この遺言書、とても便利な内容があります。
何度でも書けること、です。
最後に書いた遺言書が基本的に有効となります。
記載することを忘れていた、としても書き直せば良いのです。
今後、コロナ関連死は増加すると思います。
残された人に迷惑をかけないこと、これも徳を積むことと思います。
反対に、寄付すればいいと安楽に考えている人の場合、死後の審判では
どうなるか、を考えるべきと思います。
都合の良い解釈は勧めません。
死んだ後のことまでは知るか、という人も一定程度はいます。
後悔先に立たず、です。
死後に残された人たちから悪く言われる=審判の結果が悪化する、と
思います。生きている時、正しくは「生かされている時」にすべきです。
コロナの影響からだけでも、色々と考えるべきことはあると思います。