割り箸がきれいに割れなくても、ラーメンはうまい。

割り箸がきれいに割れなくても、ラーメンはうまい。

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先日、割り箸を割ったら、見事に失敗しました。
片方は太くて、もう片方は細い。
しかも、細いほうには木のささくれまでついている。

地味にショックです。
きれいに真っ二つに割れると、ちょっと気分がいいのに。

ただ、そこで思ったことがあります。

割り箸って、きれいに割れなくても普通に使えるよな。

少しくらい左右の形が違っていても、ラーメンは食べられます。

しかも、味は変わりません。

なのに、わたしたちは自分のことになると、ちょっとした欠点が気になってしまいます。

あの人は話すのが上手なのに、わたしは苦手。
あの人は何でもテキパキできるのに、わたしは要領が悪い。
あの人はいつも明るいのに、わたしはすぐ落ち込んでしまう。

そして、いつの間にか、

「もっとちゃんとした人間にならなくちゃ」

と思ってしまうんです。

でも、ちょっと待ってください。

割り箸が左右対称じゃなくても、ちゃんと役割を果たしているように、わたしたちだって、得意なことも苦手なこともあっていいんじゃないでしょうか?

そもそも、何でもできる完璧な人がいたら、ちょっと疲れそうです。

料理も上手。
仕事も完璧。
いつも笑顔。
失敗もしない。

そんな人と一緒にいたら、わたしなんて、お茶をこぼしただけで緊急会議を開きそうです(笑)

考えてみると、わたしたちが誰かを好きになる理由って、完璧だからとは限りませんよね。

ちょっと不器用だったり。
変なところで笑ったり。
方向音痴だったり。

そんなところに、親しみを感じることがあります。

ところが、自分の欠点となると話は別。

誰かの不器用さは「かわいい」と思えるのに、自分の不器用さは「情けない」と思ってしまう。これって、少し不公平。

わたしは、自分自身を大切にするというのは、欠点を全部なくすことではないと考えています。

できないことがあっても、失敗することがあっても、それを含めて自分と仲良くしていくこと。

スピリチュアルの世界でいうインナーチャイルドの癒しにも、そんな自分への優しさにつながる考え方があります。

さて、最初の割り箸の話に戻ります。
結局、左右の形が違う割り箸で、最後までおいしく食べました。
食べ終わった頃には、割り箸の形なんてすっかり忘れていました。

あんなに気になっていたのに(笑)

わたしたちが自分の欠点だと思っていることも、案外そんなものです。

自分では大事件でも、周りはそれほど気にしていない。
だから、今日くらいは、自分に厳しくするのをお休みしませんか?

完璧になってから幸せになるんじゃなくて、不完全なまま幸せになっていい。
割り箸がきれいに割れなくても、ラーメンはおいしい。

そして、あなたも。

ちょっとくらい不器用でも、十分魅力的なんです。
あ、ただし、割り箸のささくれだけは取ってから食べましょうね(笑)




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