いわゆる吉凶では捉えられない

記事
占い

占いの多くは

その基準を吉凶に

置いているのではないだろうか?



それは

平安の昔より

脈々と受け継がれた

伝統的な条件付けだ



吉というものは

凶というものがないと

存在すらかなわない



また同じように

凶というものも

吉の裏側としてのみ

その存在が許される



つまりは

この宇宙の全ては

吉とその裏側の凶

凶とその裏側の吉で

構成されているのだ



その人のマインドにとって

その人の価値観にとっては

吉であろうが凶であろうが

存在自体は一切関知しない



すべての物事は

吉も凶も関係なく

在るべくして在り

起こるべくして起きている



すべての出来事は

ただ起きているだけだ

そこに吉凶を持ち込むのは

唯一人間のマインドだけだ



ある地方では

吉兆とされる出来事も

違う国に行けば

同じことが凶兆となる



起きていることは同じなのに

こちらでは吉兆と受け取り

あちらでは凶兆と忌み嫌う



すべては

存在の意思において

ただ起きているだけなのに

人間がそれを歪めてしまう



もし

すべての出来事を

正しく同じように扱えたなら

それがエンライトメントとなる



吉も凶も

起きていることを

審判せず判断せず

すべてを存在の意思として

ただ受け取ることが出来たなら

あなたの人生は一変する



それが

存在への信頼だ

それが

存在へのレットゴーだ

それが

存在への明け渡しだ



あなたというエゴは消え

存在があなたを通して

すべてを創造していく



それこそが

あなたに与えらえた

使命なのだ



LOVE Charam 


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら