体感が先、言葉は後

体感が先、言葉は後

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コラム
「体感が先、言葉は後」

僕は、心理学を専門的に学んだことがない。

ただ、社会との戦いを終えたあと、自分なりに見つけた、いくつかの"楽な場所"があった。

後になって、その場所の多くに、すでに名前がついていることを知った。

アドラー心理学の「課題の分離」。ロジャーズの「無条件の肯定的関心」。ポリヴェーガル理論の「神経の共同調節」。

正直に言うと、これらの理論と、僕が体でたどり着いた場所は、完全に同じではない。

例えば、認知行動療法は、思考の歪みを「修正」しようとする。でも僕は、歪みを直そうとせず、ただ「今、そう考えているな」と観るだけにしている。似ているようで、方向は少し違う。

それでも、重なる部分があることは、素直に嬉しかった。

僕は、権威を借りて、自分の言葉を強くしたいわけじゃない。

ただ、自分が生きて見つけた場所が、独りよがりの妄想じゃなく、他の誰かが、別の角度から、同じような場所にたどり着いていたと知ることは、静かな安心になる。

学んでから実践したんじゃない。実践してから、後で言葉に出会った。

この順番を、これからも大事にしていきたい。



細井敬太
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