「社会は、僕より大きくなかった」

「社会は、僕より大きくなかった」

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コラム
「社会は、僕より大きくなかった」

僕は長いあいだ、「社会」や「組織」というものを、自分よりずっと大きな存在だと思い込んでいた。
逆らえば弾かれる。合わせなければ生きていけない。そんな感覚が、いつのまにか当たり前になっていた。

でも、あるとき気づいた。「社会」という一つの巨大な塊は、実はどこにも存在しない。

あるのは、一人ひとりの個人が、それぞれの事情の中で生きている、その集合だけだった。

自己犠牲が美しいとされてきたのも、
たぶん偶然じゃない。

個人が自分を後回しにして尽くしてくれるほど、組織や社会は大きくなりやすい。

だから、その物語は歴史の中で、何度も何度も磨き上げられてきたんだと思う。


でも、今は時代が変わってきている気がする。

組織を経由しなくても、
一人の人間が、ただ正直に「僕はこう生きた」と語ること自体が、誰かの人生に届く。

純粋な自己表現が、そのまま貢献になる。

そんな回路が、少しずつ機能し始めている。


だから僕は、もう社会と戦わない。

「社会は自分より大きい」という感覚そのものは、たぶんこれからも、ふとした瞬間に顔を出すと思う。

それでいい。

ただ、「ああ、そういうもんだよね」と理解しながら歩いていくだけで、
心の負担はずいぶん軽くなる。


戦わなくていい。ただ、自分の航路を、静かに選び続ければいい。


それが、僕にとっての「生誕祭」だったのかもしれない。


細井敬太



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