【小説】水中庭園
記事小説
水のなか 小さな小さな箱庭に
透明少女は暮らしてた
無色な壁 静かな世界に
小さな少女は暮らしてた
小さな少女 小さな世界を知っていた
硝子の世界を知っていた でも
外側のことは 何にも知らない
だって 硝子の住人は
世界の外のことなんて
興味も何もないのです
澄んだ流れ 穏やかな水
少女の柔らか 触角の髪
ふわり ふわり
水の風が吹いている
ふわり ふわり 撫でていく
無菌にみえる空の上
ひらり ひらり
透明な木の枝 その上にきっと あるのでしょう
茶色い落ち葉の果実たち
ひらり ひらり
ひらり ひらり
水の空気が 揺らすから
あっちへ こっちへ 戸惑った
くるくる くるくる
果物の匂い
あっちへこっちへ 振りまきながら
漂う匂い
少女のもとに
ふわりふわり
ふわりふわり
その匂いを 捉えた
ひゅっと飛び
その落ち葉の果物を抱える 十本の肢で
とげのような 細い細い足は
果物の檻 鍵のない檻になる
もう果実は 水のなか
くるくる くるくる
踊れません
弧を描く水 緩やかに
少女は
あっちへ つつつ――
こっちへ つつつ――
涼やかな濃密度の空のなかを
少女の細やかな触角
時に跳ね上げ 寝かせ撫でさせ
踊り子のよう
鮮やかにひとつ まわったら
お気に入りの舞台裏――岩と木で作られた
そこへといそいそ 入りこんだ
揺れる水面 光の空
陰の内側から見る 晴れ渡る景色
眩しく ただ眩しく
混乱する目の奥が
不快感をすぐに 憧れへと上書きする
天の恵み 大切に食べる少女
現れる青い影 上げる瞳に吸い込む
光を映すブルー／夏色の海の欠片
シフォンのヒレの少女が
こっちを見ていた
「ちょうだい、ちょうだい」
口をぱくぱく、ヒレの少女
透明少女 何も言わず
天の恵みを
ちぎっては食べ ちぎっては食べ
「ちょうだい、ちょうだい」
ぱくぱく、ぱくぱく
もごもご もごもご
……
「ちょうだい、ちょうだい」
透明な少女 喋らず 怒って逃げた
透明な少女 喋らず 怒って逃げた のは
ヒレの少女のお話が よく分からなかったから
二人の少女 お話できない
二人の言葉 バラバラ言葉
目を開けて寝る 透明少女の見る夢は
さっきの光 シフォン ブルー
なんだか少し悲しいような
がっかり 自分で自分にしたような
そんな痛みを 感じた
眠りが明ける――
水のなか 小さな小さな箱庭の
小さな小さな透明少女
澄んだ流れ 穏やかな水
少女の柔らか 触角の髪
ふわり ふわり
ふわり ふわり
水の風が吹いている
無菌にみえる空の上
ひらり ひらり
ひらり ひらり
透明な木 枝先から
ひらり ひらり
ひらり ひらり
茶色い落ち葉 果実の匂い
ふわり ふわり
少女の細い細い足 今日も
果物の檻 鍵のない檻になる
青い影が
またそっと近づいた
光の天使 懲りない
「ちょうだい、ちょうだい」
聞こえない 聞こえない
「ちょうだい、ちょうだい」
分からない 分からない
けれども 透明少女は
そのはさみの手に収まった果物を
そっと ヒレの少女に 差し出した
ヒレの少女は喜んで
その果物をぱくぱく、ぱくぱく
食べたのです
ヒレの少女が食べてる間
透明少女は
光のブルー／夏色の海の欠片 眺めては
楽しそうに口を
かぽかぽ かぽかぽ
動かしていた
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