偶然たどり着いた場所で、人生が変わった話。

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あの頃、わたしはもう限界だった。

会社に着くたびに、胃がキュッと締め付けられる感覚があった。
エレベーターを降りてオフィスのドアを開ける、たったそれだけのことが、こんなにもつらくなるとは思っていなかった。
きっかけは、些細なことだった。プロジェクトの進め方について、先輩の田中さんと意見が食い違った。わたしは正直に「この方法では期日に間に合わないかもしれません」と言っただけ。でもそれ以来、田中さんのわたしへの態度が変わった。
挨拶を無視される。会議で発言しても聞こえなかったふりをされる。ランチも、いつのまにかわたしだけ声をかけてもらえなくなっていた。
直接的ないじめ、というほどではないかもしれない。でも、毎日じわじわと、確実に消耗していった。
「気にしすぎだよ」と友人に言われた。「社会人なんてそんなもんだよ」と母親に言われた。誰も悪くない。みんな、励まそうとしてくれている。でも、その言葉がまた、じわりと刺さる。
わたしの感じているこの苦しさは、気にしすぎなのかな。
こんなことで悩んでいる自分が、弱いのかな。
そんなことをぐるぐると考えながら、ある夜、布団の中でスマートフォンをいじっていた。

「もしかしたら」の軽い気持ちで、ページを開いた。

SNSを流し見していたら、誰かのポストにあったリンクから、気づいたらココナラのサービスページを見ていた。
「悩み相談、聴きます。」
シンプルな言葉だった。解決策を提示します、でもなく。プロのカウンセラーです、でもなく。ただ、「聴きます」。
なんか……いいな。
正直、半信半疑だった。お金を払って見知らぬ人に話すなんて、と思う気持ちもあった。でも、その時のわたしには、もう話せる場所がなかった。友人には「気にしすぎ」と言われ、家族には心配をかけたくない。職場では当然、誰にも言えない。
「とりあえず、ダメでもともと。」
そのくらいの気持ちで、メッセージを送ってみた。
「職場の人間関係で悩んでいます。うまく説明できないかもしれないですが……」
送信ボタンを押した直後、少し後悔した。なんで見知らぬ人にこんなこと、と。でも数分後、返信が届いた。
「メッセージありがとうございます。うまく説明できなくて大丈夫ですよ。気持ちのままに、話してみてください。」
その一文で、なぜか泣きそうになった。

最初の相談——ただ、話すだけでよかった。

最初の30分、わたしはとにかく話した。
田中さんのこと。無視されるようになったこと。会議での空気。ランチのこと。友人に「気にしすぎ」と言われたこと。自分が弱いのかもしれないと思っていること。
相手は、途中でアドバイスをはさまなかった。「それはつらいですね」「そう感じたんですね」と、ただ受け取ってくれた。
相談が終わったとき、何かが解決したわけじゃない。田中さんの態度が変わったわけでも、職場の空気が変わったわけでもない。
でも、不思議と、少し息ができるようになっていた。
ああ、ただ話を聴いてもらうだけで、こんなに違うんだ。
それがはじめての気づきだった。

2回目の相談——「自分の言い方」に気づいた日。

一週間後、またメッセージを送った。
今度は、もう少し具体的な話をした。田中さんとの最初のすれ違いのシーン。「この方法では期日に間に合わないかもしれません」と言ったこと。
相手がそっと聞いてきた。
「その時、田中さんはどんな表情をしていましたか?」
わたしはしばらく考えた。……そういえば、田中さんは少し傷ついたような顔をしていた気がする。
「田中さんにとって、その言葉はどう聞こえたと思いますか?」
ハッとした。
わたしは事実を伝えたつもりだった。でも田中さんからすれば、自分の計画を真っ向から否定されたように聞こえたかもしれない。
「正しいことを言った」と思っていたわたしは、相手がどう受け取るかを、考えていなかった。
責めているんじゃない。ただ、そういう見方もあるかもしれませんよ、というだけで。
相手はそう付け加えた。責められた感じは全くしなかった。でも、何かが、ストンと腑に落ちた。

3回目の相談——感情の名前を知った。

職場の状況は、まだ変わっていなかった。でも、わたしの中で少しずつ何かが変わっていた。
3回目は「怒り」の話をした。
田中さんへの怒りなのか、自分への怒りなのか、わからなかった。ただ、ずっとモヤモヤしたものが胸の中にあった。
「その感情、もう少し言葉にしてみるとしたら?」
……悲しい。無視されて、悲しかった。それから、怖かった。自分の居場所がなくなるんじゃないかと。
「怒りの下に、悲しさや恐怖があったんですね。」
その言葉を聞いた瞬間、目頭が熱くなった。
わたしは怒っていたんじゃなかった。傷ついて、怖くて、それが「怒り」という形で出てきていただけだった。
感情に名前がつくと、不思議と、少し扱いやすくなった。

ある朝の変化——自分から動いてみた。

4回目の相談のあと、わたしは少し変わった行動をとった。
田中さんが資料を探しているのを見かけたとき、「あ、それ先週のフォルダにありますよ」と、さりげなく声をかけてみた。
田中さんは一瞬驚いた顔をして、「……ありがとう」と言った。
たったそれだけ。でも、数ヶ月ぶりに田中さんの声を普通に聞いた気がした。
その日の夜、相談相手にそのことを報告した。
「よかったですね。小さな一歩が、大きな変化の始まりになることって、よくあります。」
なんでもないことかもしれない。でもわたしにとっては、長いトンネルの中に、かすかな光が差し込んだような感覚だった。

5回目——人間関係の「紐」がほどけていく。

田中さんとの空気が、少しずつ変わっていた。
完全に元通りではないけれど、会話が生まれるようになった。ランチに誘ってもらえる日も、また出てきた。
でも、そのタイミングで、新たな悩みが出てきた。
今度は同期の佐藤くんとのこと。いつも明るくてムードメーカーな佐藤くんのことを、なぜかわたしは苦手だと感じていた。うまく話せない。なんとなく緊張する。
それを正直に話すと、相談相手がこう聞いた。
「佐藤くんのどういうところが、苦手だと感じますか?」
……自由に振る舞えるところ。空気を読まずに言いたいことを言えるところ。
「それって、もしかしてあなた自身が「できない」と思っていることではないですか?」
静止した。
そうだった。わたしは昔から、空気を読みすぎて、言いたいことを飲み込んでしまう人間だった。佐藤くんが苦手だったんじゃない。佐藤くんに、自分のできないことを見せられているような気がして、目を背けたかっただけだった。
一本、また紐がほどけた。

半年後——気づいたら、景色が変わっていた。

最後に相談したのは、最初から半年ほど経った頃だった。
あの頃は、会社のドアを開けるだけで胃が痛かった。今は、普通に出社できている。田中さんとは、たまに仕事の話をするようになった。佐藤くんとも、少しずつ話せるようになった。
何か劇的な出来事があったわけじゃない。誰かが謝ってくれたわけでも、環境が変わったわけでもない。
変わったのは、わたし自身だった。
相手の気持ちを想像すること。自分の感情に名前をつけること。苦手な人の中に、自分の「できない」を見ていること。小さな一歩を踏み出すこと。
そのひとつひとつを、毎回の相談の中で、少しずつ積み重ねてきた。
「解決策を教えてもらったわけじゃないのに、なんで変わったんだろう。」
最後の相談でそう言うと、こんな言葉が返ってきた。
「答えは、最初からあなたの中にあったんだと思いますよ。わたしはただ、それを一緒に探しただけです。」

おわりに——もし今、誰にも言えない悩みを抱えているなら。

ここまで読んでくれたあなたも、もしかしたら今、誰かに話せない悩みを抱えているかもしれない。
「こんなことで相談してもいいのかな」と思っているかもしれない。「お金を払って話すなんて」と思っているかもしれない。
わたしも、そう思っていた。
でも振り返ると、あの夜メッセージを送ったことが、すべての始まりだった。
うまく話せなくていい。何から話せばいいかわからなくていい。ただ、今感じているしんどさを、言葉にしてみるだけでいい。
誰かに聴いてもらうこと。それだけで、少しだけ息ができるようになる瞬間が、きっとある。
あの夜のわたしに、そう伝えてあげたい。
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