隣の音は、大きさだけの問題ではありません

隣の音は、大きさだけの問題ではありません

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隣の家から聞こえる音が気になって、どうにも落ち着かないというご相談をいただくことがあります。そして多くの方が、同じ一文を添えられます。「私が神経質なだけだと思います」。

この受け取り方は、とても広く信じられています。そう思われやすい理由も、私にはよく分かります。家族や友人に話せば「気にしなければいい」と返ってきます。あらためて耳を澄ませば、音そのものは決して大きくありません。周りの人は同じ環境で平気そうに暮らしています。そうなると、問題があるのは音ではなく自分の感じ方のほうだ、という結論に行き着きます。我慢できるのが大人だという空気も、その考えを後押しします。

ただ、私がお話をお聞きしていて感じるのは、少し違う形です。

しんどさを決めているのは、音の大きさではなく、いつ鳴るか分からないという点にあることが多いように思います。人の体は、予測できる音にはすぐ慣れていきます。一方で、来るか来ないか分からない音には、待つための力をずっと使い続けます。鳴っていない時間まで身構えてしまうので、静かなはずの時間にも休めません。神経質さの話ではなく、注意がどこに置かれているかの話です。

もうひとつあります。家というのは、本来いちばん警戒を緩めていい場所です。外では誰でも多少は気を張っていて、帰宅して初めてそれを下ろします。その下ろす場所で予測できない音が続くと、下ろしかけた分だけ強く反応します。外で聞けば流せる音が自宅だと刺さるように感じられるのは、感受性が壊れたからではありません。波動を見るときも、私は隣のどなたかの善し悪しを見ているわけではありません。こちらの注意が壁の向こうへ流れ出したまま、戻ってこられなくなっている向きを見ています。

では、どうすればよいでしょうか。

まず、音に名前をつけてみることをおすすめしています。「正体の分からない音」のままだと、注意は離れません。引き戸なのか、洗濯機なのか、階段を上がる足音なのか、いちど耳を向けて確かめてみます。何の音かが分かると予測できるものに変わり、身構える量が和らいでいくことが多いように感じています。

次に、自分の側にも音を置いてみてください。無音の中では、向こうの音だけが際立ちます。小さな音楽や、換気扇のような一定の音があるだけで、聞こえ方が変わってくることがあります。

それでも暮らしに支障が出るほどであれば、我慢だけで解決しようとなさらなくて大丈夫です。管理会社や大家さんへ相談するのは、角を立てる行為ではありません。

あなたの感じ方は、間違っていません。ご自分で抱えきれないときは、私のプロフィールページから様子をお聞かせいただけますと嬉しく思います。
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