【自信が感じられるように努力する】

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日常的スピリチュアル、安田です。

自信というのは
努力をすることで
感じることができます。
何の努力もしないで
自信を感じることは
無理なことなのです。
自信が無い、感じられないことで
悩んでいる人がいますが
努力を続けることができれば
自然に自信が感じられるのです。
自信が感じられるように
努力をするというのは
やりきる歩み
投入し切る歩みを
していくということです。
やりきる、投入し切るというのは
常に最善を尽くすことであり
今できることを精一杯
やることをいいます。
何をしても中途半端な人は
自信を感じることはできないし
自信を感じていなくても
努力はできるし
続けることができます。
自信というのは
持っているフリをすることではなく
自然に感じることであり
自然に感じることで
より歩みやすくなり
努力しやすくなります。
自信を感じないといけないような
風潮があるのですが
自信を感じているか
感じていないかは
どうでもいいことなのです。
なぜなら
自信を感じていなくても
努力はできるし
続けることができるからです。
自信が無くても、感じられなくても
やるべきことができていれば
何の問題もないということです。
自信があるからといって
上手くいくとは限りません。
自信があっても
知識、技能がなければ
上手くいかないのです。
逆に自信が感じられなくても
知識、技能が身についていれば
上手くいくのです。
自信に対してのこだわりによって
自信がないといけないような
風潮が強くなってしまい
無駄に、無理な自信アピールを
する人が出てくるようになったのです。
自信が無いから
感じられないからこそ
努力ができるのです。
人一倍の努力ができる人は
劣等感が強いのであり
劣等感が努力の
原動力になっています。
劣等感によって
身動きが取れなくなる人もいれば
劣等感を活かすことで
原動力にできる人もいます。
劣等感を感じることで
どんなに努力をしても
謙遜でいられるので
足元が掬われないのです。
自信を感じるというのは
何かができるようになることよりも
努力ができることであり
続けられることなのです。
自信がなくても
努力ができるので
実際は自信があるか、無いかは
どうでもいいことなのです。
「もっと自信を持って」と
励まそうとする人ほど
自信が無いのです。
自分の自信の無さを
ごまかすために
自分よりも自信が無さそうな人を
無駄に励まそうとするのです。
励まされてしまうと
自信が無さそうに見えることに
さらに自信の無さを感じてしまい
心理的な滅入ってしまうのです。
自信というのは
勝手に感じていればいいことなので
励ます必要はないし
励まされる必要はないのです。
自信が無さそうに
見られてしまっても
無理に自信アピールを
しなくてもいいのです。
「能ある鷹は爪を隠す」というように
敢えて爪を隠しながら
知恵のある歩みを
していけばいいのです。
知恵のある歩みというのは
環境、状況に逆らうのではなく
活かしていくことをいいます。
他の人、周りの人から
どう見られているか
どう思われているかは
どうでもいいことであり
そもそも
人は他人には興味関心がないので
適当にしか見られていないし
思われていないのです。
自信がある、無いに
こだわらないことで
心理的に縛られることがなくなり
自由な発想で歩むことができ
努力することができるようになります。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌
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