【学びたいことを学ぶ】

記事
学び


日常的スピリチュアル、安田です。

何を学んだらいいのかが
分からない人がいますが
学びたいことを学べばいいのです。
学びというのは
義務や強制ではなく
自分から主体的に学ぶことで
身につくのです。
私たちは子どもの頃に
義務教育を受けてきたので
学ぶことが義務的に
なってしまっています。
「学びたい」ではなく
「学ばないといけない」という
義務感になっているので
学ぶことに
苦痛を感じてしまうのです。
本来の学びというのは
成長欲求を満たすことであり
学べば学ぶほど
快感になっていくのです。
学びは続けなければ
意味がないので
続けられることを
学んでください。
学びたいことであれば
学び続けたくなるので
自然に続けることができます。
どんな人にも
成長欲求があるので
学びたいことがあるのです。
その学びたいことを
掘り起こしていくには
自分の深い境地を
尋ね求めることが
必要なのです。
本来は自然に分かるように
なっていたのですが
あまりにも多くの情報に
洗脳されてきたので
自分が何を求めているのかが
分からなくなってしまったのです。
自分で自分が求めていることが
分からないので
他の人が分かるはずがないのです。
なので
何を学んだらいいのかを
他の人に尋ねるというのは
おかしなことなのです。
学びたいことが
分からないのであれば
何の情報も入れないで
ひたすら自分と
向き合ってください。
敢えて何も探さないで
自分と向き合うことで
何かがしたくなるのです。
そのしたくなることが
自分の答えになります。
答えを外に求めても
答えを得ることはできないので
自分の内に求めるということです。
今は自由な時代であるので
自分で決めなければ
何もできなくなります。
ただ待っていても
誰も何も与えてくれないので
主体的に求めていくしかないのです。
良い意味での
何でもありの時代なので
自由に決めることができ
自由に努力ができるのです。
努力というのは
強制されてでは
続けることはできません。
自分で勝手に決めることで
続けることができるのです。
学びの努力というのは
基本中の基本なので
何も学べないというのは
何の努力もできないということです。
努力をすることでしか
満たされない今の時代に
努力ができないというのは
非常に苦しいことなのです。
努力というのは
何歳でもできるのです。
今はいくらでも
学べる環境が
整っているので
言い訳はできません。
過去の時代は
「情報が少なかった」という
言い訳ができたのですが
今の時代ではできないのです。
学びたいことを
学んでいくことで
その分野のことを
極めることができるのです。
極めるというのは
知識面と技能面を
極めるということです。
説明ができるくらいに極めて
実行ができるように
なることをいいます。
知識面も同じようなことを
繰り返し学び続けることで
極めることができるのです。
知っていることが
できるようになるには
時間がかかることもあります。
知っていても
悟っていなければ
実行することは
できないのです。
学び続けることで
悟ることができ
実行することが
できるようになるのです。
学びたいことを学ぶことで
だんだん学びたいことが
増えてくるのです。
いくら時間があっても
学び切れなくなるので
選んでいくしかないのです。
自分から主体的に学ぶことで
成長欲求を満たすことができ
より大きな目的に貢献する歩みが
できるようになります。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌
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