帰省する時期になりましたね。今回は故郷のお話をします。
私の故郷は荒井浜です。昔、和歌山県の熊野の神さまのご神体が浜に流れ着き、そのご神体を洗って祀ったところから、荒井浜の地名になったそうです。私が子供の頃はたくさん魚も捕れて、エイなどの魚が道端にたくさん捨てられていました。
幼い頃は、荒井浜という世界はとても広く大きく感じられていましたが、中学生になってから立ち寄った荒井浜は、とても小さな村でした。けれども、私にとってはとても大きな世界なのです。
また、家の台所の下水の穴あたりからカニやカエル、トカゲや蛇などがでてくることがありました。私も網引き漁を手伝ってみたこともあります。もちろん活きのよい魚やカニばかりで、カニをゆでていると、カニたちが鍋から飛び出してきたこともありました。
私が五歳の頃、今住んでいる土地に引っ越し、その後北海道に移り住みました。その後、北海道から帰ってきて荒井浜に立ち寄ってみて驚きました。いつのまにか国道ができていて、浜辺もゴミなどが落ち、少しばかり荒れていました。それまでは漁村から歩いて海に遊びに行っていました。夏でも海水浴をしているのは漁村の人たちくらいのものでした。
国道によって開かれた浜。海は誰の物でもありませんから、漁村の人たちが独占することなどできません。けれどもなにやら形容しがたい寂しい思いになりました。また、いつのまにか、浜で網引き漁をするようすもみられなくなっていました。
それでも、私にとって荒井浜はかけがえのないただひとつの故郷です。北海道に引っ越すとき、就職のときなど、節目節目にはかならず荒井浜に行きます。そして私を産み育ててくれた力を改めていただけるようにと思いながら、荒井浜にある塩竃神社に参拝しています。
漁民の人たちは、どの家にも神棚がありました。漁にでれば時として死と向かい合わせの危険なものとなります。運は天に任せる、という心にもなるのでしょうか? そのせいなのか、私や私の家族、漁村の人たちは、どこか自然に身をゆだねる、明日は明日の風が吹く、という生き方なところがあるように思います。天候が悪ければ漁にはでれません。家で休んで明日に備えるしかありません。
いずれにしても、私の故郷は今でも私の原点です。人生の節目のときだけでなく、日々の生活に疲れたとき、自分自身を見失っているように感じられたとき、車を走らせていると、いつのまにか荒井浜へと向かっているのです。 村の友だちと遊ぶだけだった楽しかったあの日、友だちの家の蚕をみせてもらったこと。浜にいたあり地獄という虫。もやしによく似た植物を取って味噌汁の具にしていたこと。野良犬を餌でおびき寄せて、自分の家の犬にしたことなど、自然に恵まれて生きられたことが、今の私にとって、とても大切な宝物になっています。寄せくる波をみつめていると、未来から希望が打ち寄せてくるような気がしてきます。
(了)