言葉にならない気持ちの言語化
心をほっと温める魔法の言霊
もやもやした想いに寄り添いトーク
独自の世界観からの発想と創造
幸せや調和を尊ぶ優しい精神性
エンタメ性豊かなストーリーテリング力
普段誰にも言えない想いの傾聴
オンリーワンライフサポート
【メッセージの対応について】

詩のご感想ありがとうございます ①

詩のご感想ありがとうございます②

詩のご感想ありがとうございます③

詩のご感想ありがとうございます④

詩のご感想ありがとうございます⑤

詩のご感想ありがとうございます⑥
クリエイター / 作家・シナリオライター(小説・脚本) 経験年数 : 30年
クリエイター / 音楽家・作曲家・作詞家 経験年数 : 8年
クリエイター / 歌手・歌い手 経験年数 : 3年
・言葉にならない気持ちの言語化
言葉にすることというのは、実はすごく勇気やエネルギーを要することです。 1日の中でももしかしたら、本当は言いたかったけれど、言えなかったことが、沢山あるかもしれません。 そして、奥に奥にしまい込んだ言葉ほど、とても大切な言葉なのかもしれません。 エネルギーやフィーリングなどの、行間に流れているものを、繊細に汲み取って、そっと形にする。 そんなお手伝いができたなら本望です。
・心をほっと温める魔法の言霊
人が無意識に、本能的に、欲求しているもの、それは紛れもなく温もりです。 人と人との間、人と出来事の間、人と言葉の間、それらが冷たく、固く、閉じてしまったら、心は死んでしまいます。 魂は明るさを、命は温もりを、栄養にして、人は幸せや笑顔を育てていくことができるのだと思います。 ふっと軽やかになって、ゆるむことができるのは、言葉の中にある温かさという魔法のお陰なのかもしれません。
・もやもやした想いに寄り添いトーク
悩んでいるけれど、何に悩んでいるのかもわからない。 そういう時ってありますよね。 すっきりしないで、もやもやとした気持ちを抱えている時間も、もしかしたら大切な時間なのかもしれません。 何も変わらず、前に進んでないような気がしても、水面下では次への胎動がはじまっていて、今か今かと待ち構えている。 静かな輪郭、微かな兆しの音を拾い上げて、小さな希望の言葉へと変えてみましょう。
・独自の世界観からの発想と創造
まだ一度も訪れたことがないのに、なぜか歓迎されている気がする。 映画や小説に触れてみて、すごく肌に合うような感覚がする。 そういう世界って、細部のリアリティにまで、生命力が行き渡っていて、創造性全般が呼吸をしています。 理屈を飛び越えて、あなたの心に翼を与えるような作品。 磁石のN極とS極のように、求め合って、もう二度と離れたくなくなる旋律が、あなたの楽器を鳴らします。
・幸せや調和を尊ぶ優しい精神性
正しいだけじゃつまらない、魅力がない。 だったらどこまでも、あなただけの道を行け。 そんなわがままみたいな生き方が、調和への道を開いてくれる。 あなたの最高の幸せを願うことって、そこには簡単なことばかりがあるわけではなくても、信頼や優しさの姿勢だと思います。 人生、このままでいいのか? ふと立ち止まることすらも、おぼつかないこの頃。 時として、言葉は最高の贅沢です。
・エンタメ性豊かなストーリーテリング力
まだ知らないライフストーリー。 でも知りたいライフストーリー。 人生を歌おう。 人生を笑おう。 人生をときめこう。 人生を抱きしめよう。 この瞬間、あなたがすべてなんだ。 小さくまとまった生き方なんて、最初から望んでいないはずです。 見果てぬ先に、ダサい自分がいたとしても、その過程には宝物がザクザクあったなら、その時点で、勝負あり。 さあ、迎えに行こう。
・普段誰にも言えない想いの傾聴
誰にも言えないこと、私もよくわかります。 「本当は違うのにな。」そんなふうに思っていても、言わない方がきっと、物事がうまく回っていくと、遠慮したり、先回りしてしまう。 それはきっと、あなたの心が優しいからに違いはありません。 沈黙は美徳と言っても、ずっと胸の内にしまい込んでいては、辛くなってしまいます。 何か言いたいことがありそうな気がするなら、出てくるまで耳を傾けます。
・オンリーワンライフサポート
詩を書くことや、歌を歌うことは、人生を表現することです。 その時に受け取ったメッセージは、いつも祈りを込めて書かせていただいております。 今悩んでいる方、辛い状況に置かれている方、どうにもならなくて現状を打開できない方。 想像力をフルに稼働させて、ただ一つの命にまつわる、ただ一つの人生の輝きや息吹の、円満具足を願います。 小さくても、素敵な一歩のきっかけになりますようにと。
整体師 取得年:2020年
認定レイキヒーラー 取得年:2020年
多業種経験 2020年1月 〜 2020年6月
・清掃業・製造業・飲食業・警備業・営業 2020年1月 〜 2020年6月
※期間は年齢非公開のため変えています いくつもの仕事をしてきました。 いくつもの職場を見てきました。 どの仕事も、最初からすぐに辞めようと思って始めたわけではありません。 「今度こそ、この場所に腰を据えよう」 いつもそう思っていました。 新しい制服。、初めて入る現場、慣れない空気、知らない人たちの声、覚えなければいけない作業、その場に合わせて振る舞うこと。 ひとつひとつは、きっと多くの人にとっては、当たり前に越えていけるものだったのかもしれません。 けれど私には、その当たり前が、何度も高い壁になりました。 作業に慣れない。 人間関係に慣れない。 空気を読むことに疲れていく。 地味に積み重なる違和感だけが、胸の奥を締めつけていく。 最初はいつも、頑張れると思っていました。 今度こそ大丈夫。 今度こそ続けられる。 今度こそ、普通に働ける自分になれる。 そうやって、自分を励ましながら前に進もうとしていました。 けれど、少しずつ心の中のどこかが削れていく。 ある日、ふいに限界が来ます。 「もう無理だ」 「これ以上は続けられない」 破綻の瞬間は、いつも突然のようで、でも本当は、ずっと前から静かに近づいていました。 HSPかもしれない。 ADHDかもしれない。 社会不適合者なのかもしれない。 そんなレッテルを自分に貼っては、少し安心して、また少し傷つきました。 本当は、自分を理解するための言葉だったはずなのに、 いつの間にかそれは、自分を責めるための言葉になっていました。 否定感。 嫌悪感。 劣等感。 何をやってもうまくいかない自分を、どう扱えばいいのか分かりませんでした。 それでも、そんな日々の中で、ずっと消えなかったものがあります。 言葉でした。 言えなかったこと、飲み込んだこと、誰にも見せられなかった気持ち、働くことの中で傷ついた沈黙、人と関わることの中で生まれた寂しさ、自分で自分を信じられなくなった夜。 そういうものを、詩のように、歌詞のように、祈りのように、少しずつ書いてきました。 うまく生きられなかった時間は、私からたくさんのものを奪いました。 けれど同時に、人の痛みの輪郭を教えてくれました。 笑っていても、心の奥で泣いている人がいること。 平気そうに見えても、本当は限界の手前で立っている人がいること。 言葉にできないだけで、胸の中には、まだ名前のついていない想いが眠っていること。 そういう気配に、私は少しずつ耳を澄ませるようになりました。 言葉は、決して明るくて優しい場所だけで育つものではありません。 上手くまとまらず、きれいに整わず、 誰にも説明できない違和感に耳を傾けて、ようやく聴こえてくる、静かな響きがあります。 それは少し震えながら、すーっと胸に染み込んで、 生きていることを肯定したり、歓迎したりしてくれる力を持っています。 その人の中にある言葉が立ち上がるまで待つこと。 急かさず、決めつけず、静かにそばにいること。 まだ声になっていない想いに、形を与えること。 泥や汗にまみれながらも、確かな色と味と匂いを持っている、生命の脈動のような言葉を取り出すこと。 そういうことをずっと、 私はやってきたのだと思います。 何度も、立ち止まりました。 何度も、挫折と失敗をしました。 何度も、自分を責めました。 けれどそのたびに、言葉が私を、生きるほうへ連れ戻してくれました。 それは、言葉そのものも、そうですが 何より「書くこと」自体に対する、喜びが 原動力になってくれました。 だから今、「声をたずねる」という、 未知なる地平に立っています。 一見して、胸を張って誰にでも誇れるような、立派な職歴ではないかもしれません。 でも数多くの辛さやきつさを乗り越えてきた、振り返れば続いている数々の転職歴、その足跡は、自分にとっては大きな勲章です。 そして何よりも、あなたの中の大切な言葉を手渡す人間になるまでの、大切な道のりでした。 遠回りばかりだった人生の中で、確かに育っていたもの。 それが今ここで、誰かの人生にとって、 唯一無二のかけがえのない宝石となり、愛や希望のきっかけになりますようにと願っています。
癒しのお仕事 2020年7月 〜 2020年12月
・整体師・ヒーラー 2020年7月 〜 2020年12月
※期間は年齢非公開のため変えています 心と身体は、つながっています。 身体が痛みを発している時は、 心のどこかで無理をしていることがあります。 整体師、ヒーラーとして、 人の身体に触れる仕事をしてきました。 私が整体の施術をする時に、 何より大切にしていたことがあります。 それは、 「身体の声を聴く」ということです。 身体は、言葉を話しません。 けれど、何も語っていないわけではありません。 肩の硬さ、腰の重さ、呼吸の浅さ、冷え、こわばり、力が抜けない場所、触れた瞬間にふっと緩む場所。 そういう一つひとつの反応の中に、 その人の身体が発している小さな声があるように感じていました。 注意深く、真摯に接しなければ、 身体の声は何も聴こえてきません。 「本当は、どうしたいの?」 「どうしたら、楽になるの?」 「どこで、無理な力が入っているの?」 そんなふうに、 手のひらで、呼吸で、沈黙で、 身体へそっと問いかけていくような時間でした。 まるでマイクロセンサーのように、 ごく小さな変化を感じ取ること。 筋肉の張り、皮膚の温度、呼吸の深さ、力が抜ける瞬間、滞っていたものが流れ出すような感覚、表情が少しやわらぐ一瞬。 そういう繊細な反応に耳を澄ませながら、 「気」の動きや変化を感じ取るように心がけていました。 一つとして、同じ身体はありません。 同じ肩こりでも、同じ腰の痛みでも、同じ疲れでも、そこに至るまでの背景は、お一人お一人まったく違います。 仕事の疲れ、暮らしの癖、長年の緊張、我慢してきた時間、気づかないうちに背負ってきたもの、本当は休みたいのに、休むことを許せなかった心。 身体には、その人の歩いてきた時間が現れます。 だからこそ、施術はいつも、 完全にオーダーメイドである必要がありました。 急がせないこと、決めつけないこと、こちらの正解を押しつけないこと、一方的に変えようとしないこと。 今、この身体は何を求めているのか。 どこまでなら安心して緩められるのか。 どの順番なら、負担なく変化していけるのか。 その人の身体に対して、 静かに確認しながら向き合っていました。 痛みも不調も、 ただ排除すれば良い悪者や邪魔者のようには扱いませんでした。 もちろん、痛みが楽になることは大切です。 不調が和らぐことも、とても大切です。 けれどその前に、 その痛みや不調が、何を伝えようとしているのか。 その現象が発してくれているメッセージを、 翻訳するような気持ちで向き合っていました。 身体の声ですから、 そのメッセージを正確無比に理解できるわけではありません。 「これは、必ずこういう意味です」 と断定できるものでもありません。 ただ、なんとなく、 こういうことかもしれない。 ここに力が溜まっているのかもしれない。 この部分が、少し助けを求めているのかもしれない。 この呼吸の浅さの奥に、まだほどけていない緊張があるのかもしれない。 そうした直感的なイメージを受け取りながら、 必要な場所へ、そっとアプローチしていく。 すると、滞留していたものが流れ出すように、 症状が少しずつ緩和されていくことがありました。 それは、こちらが力で変えたというより、 その人の中に本来備わっている力が、 もう一度、自然に動き出したような感覚でした。 私が応援したかったことは、 ただ痛みを消すことだけではありません。 その人が本来なら発揮できるはずの、 最高のパフォーマンスを取り戻せるようになることでした。 もっと深く呼吸できること、もっと自然に動けること、もっと軽やかに立てること、もっと伸び伸びと生きられること、本来のリズムを、もう一度思い出せること。 少し専門的に表現するならば、 それは「本質性との調和」と言えるのかもしれません。 不調というノイズが少しずつ取り除かれていくことで、 本来は備わっていたピュアでクリーンなハーモニーが、 再び蘇っていく。 身体が緩む、呼吸が深くなる、血が巡る、表情が明るくなる、声の響きが変わる、立ち姿に静かな力が戻ってくる。 整体とは、整心でもある。 身体的なダイナミズムの復活は、 心の生き生きとした躍動感の再生と、 とても深くつながっていると感じていました。 見る。観る。看る。視る。 入れる。溶かす。染める。 動かす。変える。 抜く。消す。 言葉にすると、とても感覚的で、 不思議に聞こえるかもしれません。 けれど、目の前の方が、 最高に幸せな笑顔で輝いている姿をイメージしながら向き合っていると、 「気」という領域では、たしかにたくさんの作用と変容が起きているように感じていました。 硬く冷たい状態の身体に触れていると、 そこから声が聴こえてくるように感じることがありました。 それは、悲しみの涙を流しているような声でした。 「なぜ、こんなに辛いの?」 「本当は、こんなはずじゃない」 「もっともっと、伸び伸びと生きることができる」 そう訴えかけてくるように感じることがありました。 それを、なんとかしたい。 消えかけたはずの光を、 もう一度取り戻したい。 その一心で、私は整体をしていました。 どこか満たされなかったり、 なぜか虚しいと感じたりする時、 人は自分の中にある光を見失いかけているのかもしれません。 日常の繰り返しの中で、 知らず知らずのうちに疲れが積もり、 本来の呼吸や、身体のリズムや、心の明るさを忘れてしまうことがあります。 その時、身体は不調という形で、 SOSのようなメッセージを流してくれているのかもしれません。 「助けて」 「気づいて」 そんな声を、身体は静かに発しているように感じていました。 だから私は、 痛みや不調をただ消そうとするのではなく、 その奥にある声を見つけたいと思っていました。 持ち前の好奇心と探究心と向上心を使って、 どうすればもっと楽になるのか。 どうすればもっと自然に緩むのか。 どうすればその人の中にある力が、もう一度動き出すのか。 ずっと考え、感じ、試しながら向き合ってきました。 整体もヒーリングも、 技術力が高ければ成果のクオリティも高まると思いがちです。 もちろん、技術は大切です。 けれど技術は、あくまで構成要素のひとつです。 本当に大切なのは、 向き合う姿勢や、在り方なのではないかと思っています。 相手をコントロールしようとしないこと。 こちらの都合で急かさないこと。 正しさを押しつけないこと。 先入観や固定観念で決めつけないこと。 すでにその人の中にある力を信頼すること。 人は、乱暴に変えられることで整うのではありません。 安心できる場所で、 否定されず、急かされず、 自分のままでいてもいいと感じられた時、 少しずつ本来の力を取り戻していきます。 「わかるよ、大丈夫だよ」 「うんうん、そうなんだね」 「ゆっくり、やさしく、ていねいに」 そういう空気の中で、 身体が緩み、心が開かれ、 ふわっと光が溢れ出すような瞬間があります。 その瞬間が、私はとても好きでした。 痛みが少し和らいだ時。 呼吸が深くなった時。 表情に柔らかさが戻った時。 「なんだか楽になりました」と言っていただけた時。 そこには、施術者が何かを与えたというより、 その人自身の中にある命の声が、 もう一度響き始めたような美しさがありました。 整体という行為を通して、 私は呼吸や体感覚で、 セラピー的なアプローチを経験してきました。 身体に触れること、気配を感じること、反応を待つこと。 無理に変えず、自然な流れが戻る場所を整えること。 それは私にとって、とても貴重な経験でした。 そして、この経験は、 私が言葉を書くことにも、静かにつながっています。 整体の世界と言葉の世界。 それは、もしかしたら、 とても近い場所にあるのかもしれません。 詩や歌詞というものは、 言葉でひとつの世界を創造して、表現するものです。 「なんか、こんなものが書きたい」 「書けるような気がする」 「まだ形は見えないけれど、確かにこの奥に何かがある」 そういうインスピレーションに対して、 ひとつずつ、適切な言葉を当てはめていく。 それは、身体の反応を感じ取りながら、 必要な場所へ手を当てていく感覚と、どこか似ています。 無理に言葉を押し込めば、 文章は固くなります。 きれいに整えようとしすぎれば、 本来そこにあった響きが消えてしまうことがあります。 反対に、その言葉が行きたがっている場所をよく感じて、流れを邪魔せず、 必要なところに必要な表現を置いていくと、 文章は自然に呼吸を始めます。 整体で身体の声を聴いていたように、 文章を書く時も、私は言葉の声を聴いています。 この言葉は、どこへ向かいたいのか。 この感情は、どんな形になりたがっているのか。 この人の中にある想いは、どんな響きで外に出たがっているのか。 心と身体の響き合い。 心と言葉の響き合い。 自然治癒力を引き出すように、身体と向き合うこと。 感動や共感が自然に生まれるように、言葉と向き合うこと。 分野は違っても、 私の中では、そこに共通するものを見出すことができました。 身体に触れる仕事から、 言葉に触れる仕事へ。 対象は変わっても、 心に触れることは変わりません。 触れすぎず、離れすぎず。 急かさず、置き去りにせず。 押しつけず、見捨てず。 その人が本来の力を取り戻していく場所を、静かに整える。 癒しのお仕事で学んだことは、 今も、私の言葉の奥で息づいています。
生まれただけで一等賞
生きてるだけで金メダル
絵本コンテスト 審査員特別賞