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助け合うということ

夫婦のスタイルって色々あると思います。私の家の場合には、家の事は出来る人がやるという暗黙のルールがあります。暗黙というよりも、何となくそうしているという感じですね。家には足の悪い母もおり、できるだけ自分で自分のことはやるようにしようと話しているので、可能な限りは家の事に参加しようとしております。3人が同居していても、生活の時間帯が全然違うので、それぞれが同時に家にいることが難しいので、その場その場でできる人が作業することになっています。その延長上で、自分のできないことはお願いします。それでも家のことはうまく回せています。それぞれが忙しいことはよくわかって生活しているせいか、相手をあてにしていないという感覚はあるかもしれません。それを待っていたらきりがないから。後は積極的に動いて、代わりに作業してもらったら感謝する。それだけの単純なシステムでうちの中は特に問題なく生活できています。「お願いする」ということは「任せる」ことで、委ねることをうまく練習できているのような気がします。全部自分で自分の思った通りやろうと思ったら大変だし、疲れるし。(^^;)だったら、相手を信頼してお任せした方がお互い気持ちよいし。楽だし。(^^♪「助け合う」ってことは相手を信頼する事が出来ないと成り立たないわけで、助け合えるということは、うまく相手に委ねていられるということなのかも知れません。上手く「委ねて」「信頼して」「助け合って」自分を楽にしてあげましょうね。(^_-)-☆
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豊かであるということ

何かを作るときに、余りを考えてつくりますか?例えば、今日のご飯は何人分だから、一人分多めに作ろうかな。とか、イベントの時に今日の参加人数は何人だから、何人か余計に来ても良いように作っておこうかな。とか。デザインする時もそうです。何かを作成するときに考えるのは「余白」なんです。レストランなどで、料理自体は大量にあるわけじゃないのに、器がやけに大きいこと、ありませんか?フランス料理や懐石料理などよくあることで。あの様子が「豊かである」という表現だと思うのです。つまり、余分にある。それを分けてシェアすることが出来る。そういう状況を「豊かである」というのだと私は思っています。例えば、大金持ちの方がいらっしゃっても、何か世の為人の為に慈善的なことをしていたら、「豊かな人」だと思うし、そんなことは無駄だとおもっているようであれば、「豊かな人ではない」と思うのですよ。経済的には豊かであったとしても、心は同なのだろうと。「豊かさ」とは、経済的にそうであることも大切ですが、精神的にも豊かでありたいと思います。困っている人がいたら、少しでも助けられるような余裕。話を聞いて欲しいという人がいたら、少しだけでも聞いてあげられる余裕。たいしたことをしなくとも、ちょっとしたことでその人が助かるなら、そうしてあげた方が幸せだろうなと思うぐらいのちょっとしたこと。それができるかできないか。先日東京へ行くバスに乗る前に、スリランカから来た人たちがバスに乗りたくて困っていました。誰に話してもダメだったようで、私の所へ話しかけてきました。その方たちのお話を聞きましたが、今のいまではどうにもならない状況でした。ですが
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