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アラフィフ体型の変化とファッション

こんにちは!なごみーなです♡ブログにまで辿りついてくださりありがとうございます。年明けにちょっとした集まりがあり。小綺麗にしていかないといけないので(言い方w)その洋服をここのとことろずっと探していたんですが・・・・ネット、リアル店舗探しまくりで。前回の話同様、価格と質を満たすとなると本当に難しい上にアラフィフになり体型の変化・・・体重がそこまで増えたわけでは無いけれど。。。いや2キロくらい増えたのが昔は夜抜けばすぐ戻っていたのにずっとそのまま・・・・地味に凹む案件ですそして体型が下に下にと下がっていくんです。そこまでびっくり変わったわけでは無いのに、昔似合って?いた服を着ると何か変去年までは大丈夫だったのに今年きたら違和感みたいな・・・体型はもちろんだけど顔・・・シミシワたるみこれか原因は(悲しい)ちょっと話がそれますがアラフィフにも似合う洋服みたいなのを探すのが最近好きでユニクロ、CUのようなファストファッションに目覚めてしまいました最近の私の大ヒットはGU×rokhの「ジーンズ」これ本当に商品名がジーンズでしたwrokhはまだコートやセーターはあるみたいですがジーンズはもう完売なのかなネット検索しても出てこなかったんです。残念いやこれは本当に良かったんですよ太い足も隠してくれるありがちの下重心の体型なので助かりました購入時のコーデはこれ!今はこれにGUのカーディガンを着ています。お気に入りすぎてヘビロテしまくりましたあ全く関係ない話になってしまったでその集まりに何を着ていくか問題はロペピクニックに行って解決しましたこれまた全然見えないけど写真載せておきますねw本当に見えな
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吉良さんの怖い話

◆閲覧注意◆今回はちょっと怖いお話です。コワイのが苦手!という方は、ここから先は読まないで下さいね。では、始めます。人は多かれ少なかれテレパシー能力を持っています。仲の良い人のことがふと浮かんだらその人から連絡が来た、という経験は多くの人が体験しているかもしれません。私自身、そんなテレパシーを不思議なタイミングでキャッチすることがあるのですが、今回は自分でもちょっとびっくりしました。☆゜・*:.。. .。.:*・゜   ☆゜・*:.。. .。.:*・゜   ☆゜・*:.。. .。.:*あるブロガーさんが環境問題や社会の問題をテーマに記事を書いていたので、私はよく彼女のブログを拝見し、応援していました。そんなある時、日常の何気ない場面で私の心の中に、ふと印象的なフレーズが浮かびました。それは、❝私達の血の沁み込んだ服を着ないで❞でした。≪私達の血≫という響きが頭の中に鮮烈に残ったのです。直後に、あのブログを開いてみたら、まさにそのことが記事に書いてあったのです。HUFF POST「血塗られた服」は着て欲しくない 映画『ザ・トゥルー・コスト』が伝える現実とは?…より引用しました。≪以下、サイトより引用≫衣服労働者で一児の母のシーマは早起きして工場に行き、朝から晩まで低賃金できつい労働をこなし、"安い"服を生産しています。彼女は子どものナディアには年に1~2回しか会えません。 ファッションブランドにとって低賃金のバングラデシュは魅力的で世界中のブランドがバングラデシュを拠点に衣服を生産しています。シーマのように厳しい環境で働く労働者は何百万人もいるといいます。☆゜・*:.。. .。.
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「安い服」の裏側で、誰かが払っているコストのこと。

クローゼットを開けるたびに、着ない服がある。そういう経験は、誰にでもあるだろう。私にもあった。バブル時代から積み上げてきたブランド品が、クローゼットの奥に眠っていた。何年も袖を通していないのに、手放せない。なんとなく、もったいない気がして。あるいは、いつかまた着るかもしれない、という根拠のない期待を持ちながら。ある時、思い切って全部処分した。驚いたのは、その後だ。それらを処分して、何一つ、困ることがなかった。そして、後悔もなかった。スッキリした、というより、軽くなった。長年背負っていたものを、やっと降ろせた感覚。それと同時に、ふと思った。これだけのものに投資してきたお金と時間は、いったい何だったのか、と。手放せなかった理由、心理学が教えてくれること行動経済学に「保有効果(Endowment Effect)」という概念がある。人は一度手に入れたものを、客観的な価値以上に高く評価する傾向がある、というのだ。手放すことへの抵抗感は、そのものへの純粋な愛着ではなく、「損をする感覚」への恐怖だったりする。つまり、クローゼットに眠るブランド品を手放せなかったのは、服が好きだからではなく、手放すことで「負けを認める」ような気がしていたからかもしれない。処分してスッキリしたのは、当然の反応だ。実は最初から必要なかったものを、手放して初めて気づいた...。心理学的には「認知的明確化」と呼べる状態だという。何一つ困らなかった、後悔もなかったという事実は、それをそのまま証明している。バブル時代の消費行動は、モノへの欲求というより、「持っていること」へのアイデンティティの依存だったのだと、今なら思う。
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