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(343日目)人生のデザイン〜自分を正しく評価できれば人生は意外と楽しくなる。

昨日もブログを書くつもりで、颯爽とMacBookを持って馴染みのカフェに赴いたものの、一向に電源が立ち上がらなかった。10分後、「今日は休め、という神のお告げに違いない」と勝手に解釈したので、その後はYoutubeを見て過ごしました。なので1日サボった状態になりました。謹んでお詫びします。さてさて、本題。今日はワイがこれまで出会ってきた人たちの中で、<経験を活かせずに苦しんでる人>を取り上げようかな。例えば話を聞いたり、プロフィールを読んだりしたときに「えぇ経験もってんな〜」と思える人がいる。それこそ、その経験が自分には無いものだったりすると羨ましいワケ。その経験があれば悩むことなんて無いじゃん!って思うんだけど、相談をしてくる人はそうじゃ無いらしい。で、そんな人たちの特徴を俯瞰してみたんだけど、総じて真面目な人なんよね。人間的には”良い人”のくくりに入る人が多い。ただ<気が弱く、自己主張もなく、自信に欠けた人>でもある。その傾向がある人は、自分の経験を活かすことをしない。と言うよりも、自分の経験が「意味あること」だと言うことに気づかない。それって「自分は人より劣っている」「自分には価値がない」と言う思い込みに支配されているからじゃないかな?不必要な<自分を貶める思考>になっちゃっていると思う。だから、自分の経験を客観視できない。「経験を活かす」って考え方が生まれない。自分自身や自身の経験を客観的に見定められないから自分を正しく評価できない⇨正しく評価ができないから経験の価値を理解できない⇨経験の価値を知らないからそれを活用できない。ただそれだけのこと。そして、自分を正しく評価
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(333日目)自分に向け「自分の好きなところ」を伝えられるか?それが自己肯定感。

最近、脊椎周辺の凝りが酷くて、なんなら脊髄取り外したい衝動に駆られるんですがどうしたらいいんでしょう。取り外してしまったら、それはもう軟体動物でしかないんですが。軟体動物になるのはイヤだけど、思考だけはフニャフニャに軟らかくしておきたいとは思ってます。さてさて本題。「自己肯定感」実は私、この言葉はあまり好きではありません。できれば使いたくないとさえ思っています。なぜなら「自己肯定する感じ」しかしないから。感覚的なものはどうでもよくて、重要なのは自分のことを適正に評価するチカラ。自分の特長や強みなどの武器を正しく評価して使いこなすことが大切ではないでしょか。昨日、某大学近くのカフェである女子学生とミーティングしてきました。その学生は能力的なスペックは高いものの、如何せん自己評価能力が弱い。ゆえに自己PRを苦手としてました。本人もそこが弱点だと思っているようで『自己評価を正しくしたい』ってリクエストだったのです。話していて気づいたのは、「他人を評価するチカラは持っているのに、対象が自分となった瞬間に正しく評価できなくなる」。というよりも正しく評価することを躊躇しているように感じました。彼女に『自分の好きなところを言葉で伝えてみて。具体的に。』とお題を出しましたが、抽象的だったのに加えて『〇〇だと思います』って言うんです。そこは『〇〇です!』と言い切って欲しい。この言葉だけでも自分を適正に評価できない・評価を躊躇していることが明らかです。と言うことで、まずは<周囲から評価されていることが何か>を思い返してもらいました。そうするといくつも出てきます。『せやのに、なんで周囲の評価を使わへ
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