あの日を思い出し自分に本当に必要なものは何か考えてみた
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いつもご覧くださり、ありがとうございます☆
モノを手入れしながら大切に使うこと。
これはずっと考えていることです。
まわりを見渡して、
私にはまだまだモノが多くてうんざりします。
どの子にもしっかり目をかけ、
手をかけてあげていられるでしょうか。
全然です、追いついていません。
もったいない。
まだ使えるし。
この間買ったばかりだし。
友達とお揃いで買ったし。
子どもが小さかったときの想いでのものだから。
モノに向き合うと、
そんな言い訳が次々と出てきます。
でもそのモノたちは。
しわしわ
押し込まれてギューギュー。
ほこりで汚くなっている。
太陽に日焼けして色あせていてなんだかな。
そんなものばかりで悲しくなります。
例えばシューズボックス。
はかない靴や、
なんかちょっと足に合わなくて
好きなんだけどあんまり履かない靴たちが
あります。
好きな靴を大切に履き終わったら手入れして
靴裏をきちんと拭いて、元に戻す。
これができていない靴があります。
履かないのに、シュースボックスに入れっぱなし。
その靴はいつの間にか
皮がぼろぼろと落ちてしまうことがありました。
履かないうちに時が経過しすぎて
痛んでしまったのです。
結局、大切にしまいすぎたその靴は
靴としての役割を十分に果たせないまま
ゴミになってしまいました。
その靴はしあわせだっただろうか。
最近、3.11の津波の映像をYouTubeで見ました。
モノが、家が、車が。
全部流されていく。
これは事実。
命こそ大切なのだけど、
たくさんのモノたちは水につかってしまえば
ただゴミになってしまいます。
流されていくモノを見つめて。
自分の部屋を見ると、
こんなにたくさんのものを所有していて
私はそのモノにも
愛情を注いで大切にしているだろうか、と考えてみました。
やっぱり、全然大切にしていない。
最近コレってものが見つかってきて
迷子になることが亡くなっては来たけれど
決まった、大切な、お気に入りのものに
囲まれて生きていくだけではだめなんだろうか
自分に問いかけて
もっともっとモノを大切にできる
量と品質に近づけていこうと思うよ。
大切なあなたの時間と空間。
そして心。
監理しきれないものに占領されるのは
空間だけではなく、
探しものにかかる時間、
片付けなくちゃと思うちょっぴり重い心
というように
時間も心も奪われてしまいます。
少ないものでシンプルに暮らすことが
”かっこいい”と思うのです。
もっと捨てて捨てて
捨てたことに後悔しながら
それでも厳選を繰り返して
自分の持っているものがすべて言えるように
すべてのものの場所が
きちんと把握できていて
どのモノも手入れされていて
磨かれているように。
私の生活全般を見回して整えていこうと
思いました。
なんだか。つらい映像だったけど
覚悟が決まった感じ。
ではまた!