学生のころから毎年この日の朝は憂鬱だった。8月31日夕方から9月1日早朝までが本当に夏休みが終わり人生も終わってしまうかのような気分に襲われたものだ。
今は9月1日より早く2学期が始まるところも増えてはいるだろうが長い休み明けが憂鬱なのは何も学生だけではない。
たぶんお金をもらっている側の教師たちも憂鬱なのどと思う。
ただ、自分が2人の子供を持つ母親になって初めて夏休みの保護者の負担をまざまざとみせつけられてしまった。そして、9月1日が一番うれしい日に変わってしまった。
特に小学生を持つ母になって、「人間てなぜ3回ご飯を食べるのだろう?」「なぜ自由研究というなぞの宿題に親になってもなやまされなければならないのだろうか?」夏休み中、何度もそう思っていた。
その自由研究について面白いテーマを研究した小学生の話を知人から聞いた。テーマは「やりたくない宿題をいつまでのばしてよいか?」( ´∀` )
こんなテーマを前向きにとらえて自分自身の行動分析をした着眼点がすばらしい。
7月まで何もしていないが保護者から何も言われなかった。
8月お盆まで何もしていなかったら親戚のおばさんから「もう宿題は?」と聞かれすぐにスルーしてその場から逃げたそうだ。
8月21日を過ぎても相変わらず保護者は何も言わないが自分な中で一抹の罪悪感がうまれ、少しだけでもやろうかなという気になったけれど「5日あれば宿題なんて終わる」という友達の言葉を信じどうせなら8月27日からやってしまえと8月21日からも相変わらず遊んでばかりいた。
しかし、8月26日夜あたりから「本当に5日でできるのかな?友達はなんでもはやいけど自分はそんなスピードで物事をすすめたことがない。試しにどんなものかやってみよう」かくして8月26日から夏休みの宿題をすることになったが自由研究のテーマが最後まで決まらなかったそうだ。そこで「やりたくない宿題をいつまでのばしてよいか?」というテーマで自分を見つめなおしたそうだ。
この子がこんなおおらかにでも真面目に育ったのは、もちろん本来の性格からかもしれないが「宿題は?」と一言もいわない保護者が自分たちが必死で自分たちの世界を生きてきたからかも。
自分はすぐ「宿題は?」というタイプの母親だったので思春期には「くそばばあ」とののしられることななってしまったが。
この子のケースをもっと早く聞いていたなら自分も少しは行動が変わったかも、、