視えることに蓋をした年月と、それが外れた日

視えることに蓋をした年月と、それが外れた日

記事
占い
最初に視えたのは、母の顔でした。

笑っているのに、まったく違うことを考えている。
四つか五つの頃です。

・:+.・:+.

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ 母の笑顔が、二つに割れていた ◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

台所でした。
夕方で、換気扇が回っていました。

母は私のほうを向いて笑っていました。
その顔は、たしかに笑っていたのです。

ただ、笑顔の奥に、別のものがありました。

冷たい、というのとは違います。
疲れている、という言葉にも収まりません。

「早く終わってほしい」に近いものが、そこにありました。

私はそれを、目で見たわけではありません。
耳で聞いたわけでもありません。

流れ込んできた、としか言いようがないのです。

そのとき私は、母が二人いるのだと思いました。
表の母と、奥の母がいて、奥のほうが本当なのだと。

軌道霊視師の廻(めぐり)と申します。
この話から始めさせてください。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ 教室に入ると、全部分かった ◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

学校に上がってから、それは母だけではなくなりました。

教室のドアを開けた瞬間に、全部入ってきます。

誰と誰が昨日けんかをしたか。
誰が誰を避けているか。
先生が今日どの子に苛立っているか。

見て推測したのではありません。
ドアを開けた時点で、もう分かっているのです。

幼い頃から、人の心の奥にある本音が、
波のように流れ込んでくる体質でした。

便利だと思われるかもしれません。
実際には、ほとんど負荷でしかありませんでした。

他人の感情と自分の感情の区別がつかないからです。

誰かが腹を立てていると、私も腹が立つ。
誰かが泣きたいと、私の喉が詰まる。

家に帰る頃には、自分が今日何を感じたのか分からなくなっていました。
一日ぶんの他人が、全部体の中に残っているのです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ 言ってはいけないのだと知った日 ◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

一度だけ、視えたことを口に出したことがあります。

友達が、別の友達の話をしていました。
仲がいい、という話でした。

私には、そう思っていないのが分かりました。
だから、そのまま言ったのです。

本当はそう思っていないでしょう、と。

その子は、何も言いませんでした。
怒りもしませんでした。

ただ、黙りました。

次の日から、少しずつ距離ができました。
はっきり避けられたわけではありません。
話しかければ、返ってきます。

それでも、前と同じではなくなりました。

私は、自分が何をしたのか分かりませんでした。
本当のことを言っただけだと思っていたからです。

言ってはいけないことなのだと気づくまでに、少し時間がかかりました。

人は、隠していることを隠したまま持っていたいのです。
当てられたいわけではない。

視えるというのは、その人が閉めた扉を開けてしまうことでした。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ 十代の終わりに、私は蓋をしました ◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

決定的な出来事があったわけではありません。

積み重なっただけです。

人の痛みが流れ込んでくる。
それは止められません。

そして、流れ込んできたところで、私には何もできませんでした。

つらいのが分かる。
理由も分かる。
それでも、直せない。

見ているだけなら、見ていないほうがましです。

それなら、最初から視えないほうがいい。
そう決めて、私は蓋をしました。

十代の終わりでした。

視ないと決めるというのは、意外にできるものです。

流れ込んできても、意味を取らない。
人の顔を見るときに、奥まで見ない。
何か分かりかけたら、そこで考えるのをやめる。

これを毎日続けていると、そのうち鈍くなります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ 視えないまま生きた年月 ◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

そこから長いあいだ、視ないまま生きていました。

働いて、人と付き合って、普通に暮らしていました。
自分のことを特別だと思ったことは、一度もありません。

蓋は、うまくいっていました。

ただ、正確に言えば、消えたわけではありませんでした。

押さえつけていただけです。

人が嘘をついているときは、やはり分かります。
分かるのですが、気づかないことにする。

相手が本当は困っているときも、やはり分かります。
分かるのですが、聞かなかったことにする。

そういう日を、何年も重ねました。

気づかないことにするのは、気づくより疲れます。

入ってきたものを、入ってこなかったことにする。
そのために、毎回どこかで力を使っています。

視ないと決めた人間が、いちばん視ています。
視えたものを打ち消す作業を、一日に何度もしているからです。

押さえつけたものは、無くなりません。
構造はそのまま残っていて、ただ上から蓋がしてあるだけです。

あとになって、これは人の軌道と同じだと思いました。

見ないことにしても、そこにある。
通らないことにしても、道は残っている。

私は、自分自身で一度それをやっていたわけです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ 四度目の話を聞いていたとき ◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

蓋が外れたのは、まったく普通の日でした。

知人の恋の話を聞いていました。

その人は、同じ別れ方を三度繰り返していました。
三度とも、相手は別の人です。
それなのに、終わり方だけがそっくりでした。

そして、四度目の話をしていました。

今度こそ違う、という話し方でした。
今度の人は優しい。
今度の人は、ちゃんと話を聞いてくれる。

私は、ただ聞いていました。
視ないと決めていたからです。

それでも、勝手に視えてしまったのです。

四度目の相手は、一度目の人と、まったく同じ形をしていました。

顔が似ているのではありません。
性格が似ているのでもありません。

その人が、その相手の前で取る位置が、一度目とまったく同じでした。

先に引く。
先に察する。
求める前に、求めないことを決める。

相手の形が同じなのではなく、
その人が相手の前で取る形が、毎回同じだったのです。

そして、その形に合う相手だけが残っていました。

先に引く人の前には、先に踏み込まない人が残ります。
求めない人の前には、与えない人が残ります。

選んでいるつもりで、選ばれる範囲が先に決まっていたのです。

その場では、何も言いませんでした。
言ってはいけないと、もう知っていたからです。

ただ、帰り道でずっと考えていました。

その人が悪いのではない、と思いました。
かといって、相手が悪いわけでもない。

誰も悪くないのに、同じところに戻る。
そんなことがあるのかと、そのときは思いました。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ 相手が違うのに、形が同じ ◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

相手が違うのに、形が同じ。

そのとき初めて、人には「軌道」があると分かりました。

繰り返しているのは相手選びではなく、
乗っているルートそのものだったのです。

これが分かってから、人を見る目が変わりました。

同じことで躓く方は、同じ場所で躓いています。
場所が同じなのであって、躓き方が下手なのではありません。

職場を変えても、人間関係の崩れ方が前と同じ。
別れ方が毎回同じで、自分でも嫌になる。
頑張っているのに、望んでいた場所から少しずつ遠ざかっていく。

どれも、本人の努力の量とは関係がありませんでした。

乗っているルートが、本来の目的地から少しだけずれている。
それだけのことでした。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ 視えることが怖かった理由 ◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ここまで来て、私は自分のことも分かりました。

視えることが怖かったのは、視えること自体が怖かったからではありません。

視ても直せなかったからです。

人が崩れていく過程を、最初から最後まで見ている。
どこで崩れたのかも分かっている。
それなのに、何もできない。

あれが、いちばんきついのです。

だから私は蓋をしました。
視えなければ、少なくとも見ないで済むからです。

けれど、どこでズレたのかが分かれば、そこに手を入れられます。

一点が特定できるなら、直す場所が決まる。
直す場所が決まるなら、やりようがあります。

そこから私は、視る力と、
エネルギーの側から整える力の両方で向き合うようになりました。

ただし、この二つは同じものではありません。

視れば戻る方と、視ても戻らない方がいます。
その違いの話は、ここでは長くなります。

別に書きましたので、そちらをご覧ください。

  「分かっても戻らない人がいます ── 軌道にできる溝の話」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ 名乗るまでに、十五年かかりました ◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

蓋が外れてすぐ、人を視はじめたわけではありません。

最初は、心理の側から入りました。

言葉で聞いて、言葉で返す仕事です。
資格を取り、人の話を聞く時間を重ねました。

そちらは、十七年続けています。

途中から、言葉では届かない方がいることが分かってきました。

聞いて、整理して、ご本人も納得される。
それでも、半年後に同じところに戻っている。

言葉が足りなかったのではありませんでした。
言葉が届く場所に、原因が無かったのです。

そこから、視る側と整える側を並行して使うようになりました。
そちらは十五年になります。

そのあいだに考えたことを、三度ほど文章にしています。
軌道という言葉を最初に使ったのは、二〇一六年の一本目でした。

ただ、看板を出したことはありませんでした。

ご縁のあった方から、そのまた先の方へ。
そうやって繋がった範囲でだけ、お受けしてきました。

ここで名乗ることにしたのは、
その範囲では届かない方がいると分かったからです。

紹介で繋がる人は、だいたい似ています。
似た場所にいる方ばかりを視ていると、視方が狭くなります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ 私がいま、していること ◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

いま私がしているのは、二つです。

一つは、視ること。

魂の記憶とエネルギーの滞りから、
いまの現実がなぜ起きているのかを辿ります。
繰り返しの起点になった一点を特定して、はっきりお伝えします。

もう一つは、整えること。

エネルギーの側から流れを動かし、
止まっていた歯車を、本来の噛み合わせに戻します。

この二つを、私は同じ仕事だとは思っていません。

そして、どちらが必要なのかは、視てからでないと分かりません。

ですので、入口はできるだけ低くしてあります。
まず一度、視てみてほしいからです。

何を相談すればいいのか、まとまっていなくて構いません。

「なんとなく、ずっと同じところにいる気がする」
「うまく言えないけれど、何かがずれている気がする」

その程度の感覚で十分です。

ズレは本人にとって日常になっているので、
言葉にできないほうが、むしろ普通です。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ 蓋をしていた年月について ◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━

蓋をしていた年月を、私は無駄だとは思っていません。

視えない側から見た景色を、私は知っているからです。

分からないまま進む怖さも、
分からないほうが楽だという気持ちも、両方分かります。

視えるだけの人間には、そこが分かりません。

視えないほうが楽なこともあります。
それでも知りたいと思われたなら、そのときは呼んでください。

どこでズレたのかを、一度一緒に視に行きましょう。

廻

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す