占いのご相談を読んでいると、ときどき思うことがあります。
「もしかしたら、もう答えはこの文章の中にあるのかもしれないな」と。
もちろん、だから占う必要がないという話ではありません。
むしろ私は、そこからが占いの出番だと思っています。
たとえば、
「今の仕事を続けるべきか、転職するべきか迷っています。今の職場に大きな不満があるわけではありません。でも、このまま何年もここにいることを考えると、少し不安になります。本当は前からやってみたい仕事があるのですが、今より収入が下がるかもしれないので踏み出せません」
こんな相談があったとします。
相談している本人としては、
「今の仕事を続けるか、転職するか」
その答えを知りたい。
でも、文章をよく読んでみると、
「本当は前からやってみたい仕事がある」
と、すでに書いてあるんですよね。
もちろん、だから「転職すればいい」という話ではありません。
収入のこと。
生活のこと。
今の職場を離れる不安。
現実には、いろいろ考えなければならないことがあります。
ただ、
「自分は何をしたいのかわからない」
のではなく、
「やりたいことはある。でも、それを選ぶのが怖い」
のかもしれない。
この二つは、似ているようで少し違います。
恋愛でも同じです。
「もう諦めたほうがいいと思います。でも、できることならもう一度話したいです」
と書いてあったら、
「諦めるべきかどうか」
だけではなく、
「もう一度話したい」
という気持ちも、ちゃんとそこにある。
人って不思議なもので、頭の中だけで考えていると、自分の気持ちがわからなくなることがあります。
でも誰かに説明しようとして文章にすると、
「本当は」
「やっぱり」
「できれば」
「でも」
そんな何気ない言葉の間から、本音がちらっと顔を出すことがあります。
私は、そこを大切にしたいと思っています。
だからといって、
「ほら、あなたはこう書いているから、本当はこうしたいんですよ」
と決めつけたいわけではありません。
人の気持ちは、そんなに単純ではないからです。
好きだけど離れたいこともある。
辞めたいけど、今の場所を大切に思っていることもある。
進みたいけど怖いこともある。
矛盾していて当たり前です。
そんなときに占いを使って、少し違う方向から眺めてみる。
すると、
「私はどちらを選ぶべき?」
と思っていた悩みが、
「私は何を怖がっているんだろう」
だったり、
「本当は何を大切にしたいんだろう」
という問いに変わることがあります。
私は、占いの面白さって、そこにもあると思うんです。
占い師がどこかから正解を持ってきて、
「あなたの答えはこれです」
と渡すだけではない。
相談するために自分の気持ちを言葉にすること。
その言葉を誰かと一緒に見つめてみること。
そして占いという、普段とは少し違う視点を重ねてみること。
その途中で、
「あれ。私、本当はこう思っていたのかもしれない」
と気づく。
もしかすると、占いの結果より先に、相談文の中に小さな答えは落ちていたのかもしれません。
占いは、それを見つけるための懐中電灯みたいなものなのかな、と私は思っています。
答えを作るのではなく、
そこにあったものを、少しだけ見えやすくする。
だから、占いをお願いするときに、きれいな相談文を書こうとしなくても大丈夫です。
まとまっていなくてもいい。
矛盾していてもいい。
何を聞けばいいのかわからなくてもいい。
「うまく説明できないんですけど……」
その先に続く言葉にこそ、大切なものが隠れていることもあります。
占いの結果だけではなく、そこにたどり着くまでに自分が話したこと、自分が書いたこと、そして結果を聞いて自分がどう感じたのか。
そこまで含めて、占いとの付き合い方なのかもしれません。