神様?仏様?それとも妻?

神様?仏様?それとも妻?

記事
コラム

―今でも忘れられない、不思議な夢の話―

今回は、いつもの記事とは少し趣向を変えて、私が以前に見た、ちょっと不思議な夢の話をしてみたいと思います。

夢というものは、目が覚めるとすぐに忘れてしまうことも多いですよね。

ところが、なぜか今でも細かいところまで覚えている夢があります。

私が見た、そんな夢の一つです。

夢は、A先生との会話から始まった

夢の中で私は、以前からいろいろと指導をしていただいていたA先生と、外で向き合っていました。

するとA先生が、

「そのことなら、あの人に相談した方がいい」

と、私に言いました。

その言葉を聞いた瞬間でした。

突然、場面が切り替わったのです。

大きな黒板の前で、女性に抱きしめられていた

気がつくと、私は教室のような部屋にいました。

目の前には、大きな黒板があります。

そして私は、そこに座っていました。

すると、目の前に女性がいました。

その女性が誰なのかは、夢の中でも分かりません。

ただ、なぜか私は、

「神様か、仏様なのではないか」

と思っていました。

そして、その女性に私はしっかりと抱きしめられていたのです。

不思議なことに、女性は何も話しません。

私も何も話しません。

それなのに、そのときの安心感や心地良さは、言葉では表現できないほどでした。

「このまま、ずっとこうしていたい」

そんな感じだったと思います。

ところが、突然、昼休みの終わりを告げるような合図がしました。

すると、また状況が変わります。

今度は、私がその女性を四つんばいで背負っていた

私は四つんばいになっていました。

そして、その女性を背中に乗せて、細い廊下を進んでいたのです。

さっきまで私が抱きしめられていたのに、今度は私がその女性を背負っています。

夢というのは、本当に不思議です。

廊下を進んでいると、左手に脚立がありました。

その脚立には、作業員らしき人が乗っています。

少し通りにくかったので、私は心の中で、

「邪魔だなあ……」

と思いながら、その人とすれ違いました。

ところが、すれ違った後、

「その作業員が脚立から落ちたような気がする」

のです。

夢の中では、なぜかそんな感覚が残っています。

建物を出ると、今度は肩車

建物の玄関から外へ出ると、今度はその女性を肩車していました。

そのまま前へ進んでいると、救急車と救急隊員に出会いました。

絵画救急車4022442_s.jpg

私が女性を肩車しているのを見て、救急隊員が、

「怪我されたのは、その女性ですか?」

仏様神様その2.png


と聞いてきました。

私は、

「違います。先ほど建物の中で、作業員の方が脚立から落ちたような気がします」

と答えました。

すると救急隊員は、建物の中へ入っていきました。

私はそのまま、女性を肩車して前へ進みます。

そして、最後に不思議な場面がありました。

もう一人の「私」が、私を見送っていた

そして、女性を肩車した私は、そのままどんどん前へ進んでいきます。

後ろにいるもう一人の私は、それを見送っています。

そこで、夢が終わり、目が覚めました。

自分を見送る自分その2.jpg


それにしても、なぜこんなに覚えているのでしょうか?


この夢を見たのは、かなり前のことです。

普通なら、こんな昔の夢など、細かいところまで覚えていないでしょう。

ところが、この夢については違いました。

場面の一つひとつを、今でもかなり鮮明に覚えています。

特に、

女性に抱きしめられたときの安心感。

これは、今でも記憶に残っています。

そして、時々考えるのです。

「あの女性はいったい誰だったんだろう?」

観音様? 仏様?

夢を見た当初、私は、

「観音様か、仏様だったのかな?」

と思っていました。

ところが、その後ある書籍を読んでいて、気になる神様の存在を知りました。

それが、

「産土神(うぶすながみ)」

です。

産土神については、一般的には、その土地を守り、そこに住む人々を見守る神様として説明されています。

私が読んだ書籍では、人が生まれると、その人と縁のある産土神が現れ、一人の人間と一柱の産土神が、一対一のような関係で結ばれるという考え方が紹介されていました。

そこで私は、素朴な疑問を持ちました。

「人間って、これまで何人くらい生まれてきたんだろう?」

「それだけたくさんの人間がいるなら、それだけたくさんの神様がいるということ?」

そんなことを考えてしまったのです。

でも、日本には、

「八百万の神(やおよろずのかみ)」

という言葉があります。

「八百万」といっても、文字どおり800万という数ではありません。

「数えきれないほど、たくさん」

という意味でも使われています。

そう考えると、

「なるほど。日本の神様の世界って、私が考えているよりずっと広いのかもしれないな」

と思ったわけです。

そうなると、あの女性は観音様や仏様ではなく、

「私と縁のある産土神様だったのでは?」

と考えると、何となくしっくりくるような気もします。

もちろん、本当のところは分かりません。

もう一つ、私には思い当たる存在がある

実は、もう一つ考えたことがあります。

「あの女性、もしかしたら妻なのでは?」

ということです。

なぜ、そんなことを思ったのか。

夢の中で、その女性は私をしっかりと抱きしめてくれました。

言葉はありません。

でも、そこには優しさや愛情を感じるものがありました。

そして、その後、私はその女性を背負い、最後には肩車までしています。

考えてみれば、本来なら夫として、妻を支えたり、背負ったりする責任があるはずです。

ところが現実の私は、いつでも妻を支えられているわけではありません。

そんな自分の中にある、

「もっと支えなければいけないのではないか」

「十分にできていないのではないか」

という気持ちが、夢の中で一人の女性の姿になったのかもしれません。

これも、もちろん私の勝手な想像です。

初めてAIに夢占いをしてもらった

ここまで自分でいろいろ考えてきたのですが、

「そういえば、AIに夢占いをしてもらったら、どんな答えになるんだろう?」

と思いました。

実は私、AIに占いをしてもらったのは、これが初めてです。

正直、結果にはとても驚きました。

ChatGPTの分析が、思っていた以上に的確だったからです。

「えっ、そこまで分かるの?」

そんな感じでした。

もちろん、夢占いですから、

「これが絶対に正しい」

という話ではありません。

夢を見た本人の状況や、そのときの感情によっても、受け取り方は変わるでしょう。

それでも、夢の中に出てきた場面を一つひとつ取り上げていくと、

「なるほど、そういう見方もできるのか」

と思うところが、いくつもありました。

そこで、せっかくなので、ChatGPTにこの夢を読み解いてもらいました。

ChatGPTに、この夢を夢占いしてもらったら……

まず、AIから示されたのは、この夢全体を、

「導かれる段階から、自分自身が何かを背負って前へ進む段階への転換」

と見る考え方でした。

これには、少し驚きました。

なぜなら、この夢には、

A先生 → 女性の存在 → 抱きしめられる → 背負う → 肩車する → 前へ進む → もう一人の自分が見送る

という流れがあるからです。

単純に、

「神様が夢に出てきた」

というだけではありません。

夢の中で、私自身の立場が変わっているのです。

A先生は「導いてくれる人」

最初に登場したA先生。

私にとっては、以前から指導してもらっていた人です。

そのA先生が、

「そのことなら、あの人に相談した方がいい」

と言う。

自分で答えを出すのではなく、別の存在へ私を導いているようにも見えます。

その直後に現れたのが、あの女性でした。

抱きしめられる―「受け入れられる」


AIによる読み解きでは、抱きしめられることを、

安心、受容、保護、癒やし

などの象徴として見ることができるそうです。

これも、私には妙に納得できました。

何しろ、夢の中で感じたのは「怖さ」ではなく、

ものすごい安心感

だったからです。

「あなたは、そのままでいい」

そんなメッセージのようにも感じられます。

もちろん、これは夢から受ける一つの解釈です。

ところが、その後は私が背負う

ここが、この夢で一番面白いところかもしれません。

最初は私が抱きしめられていました。

ところが、昼休みが終わる合図がすると、今度は私がその女性を背負っています。

つまり、

守られる側から、何かを背負う側へ。

さらに建物の外へ出ると、今度は肩車です。

そして私は、そのまま前へ進んでいきます。

この流れを、

「自分の中に得たものや支えられた経験を、自分自身の人生の中で背負いながら前へ進んでいく」

という象徴として読むこともできるそうです。

これには、

「なるほど……」

と思いました。

最後の「もう一人の自分」

そして、一番印象的だったのが、

自分が自分を見送っている場面

です。

前へ進んでいく自分。

それを後ろから見ている、もう一人の自分。

これは、

「これまでの自分から、新しい自分へ」

という変化や、

「自分自身を客観的に見つめている」

状態として読むこともできるそうです。

夢の最後が、

「一緒に歩いていく」

ではなく、

「見送る」

だったことも印象的です。

では、結局あの女性は誰だったのか?

ここまで夢占いをしてもらっても、

あなたが夢で見た女性は産土神です」

とか、

「あなたの妻です」

と断定することはできません。

そもそも、夢占いは未来を予言するものと決めつけるのではなく、夢に出てきた象徴や、そのとき自分が感じたことから、自分自身の心を考えてみるものとして捉えた方が面白いのではないでしょうか。

そう考えると、この夢は私にとって、

「誰かに支えてもらう自分」から、「何かを背負って自分の足で前へ進む自分」へ

変わっていく夢だったのかもしれません。

そして最後には、

もう一人の自分が、その自分を見送っている。

それでも、私はまだ分からない

では、あの女性はいったい誰だったのでしょう。

産土神だったのでしょうか。

観音様だったのでしょうか。

仏様だったのでしょうか。

それとも……

妻だったのでしょうか。

もちろん、本当のところは私にも分かりません。

ただ、一つだけ確かなことがあります。

それは、

あの女性に抱きしめられたときの安心感を、私は今でも覚えている

ということです。

そして、そんな夢を何年も経った今になってAIに読み解いてもらい、

「こんな見方があるのか」

と改めて考えさせられました。

夢というものは、不思議ですね。

もしかすると、夢そのものよりも、

「なぜ自分は、こんな夢を見たのだろう?」

と考える時間に意味があるのかもしれません。

皆さんにも、

「今でもなぜか覚えている夢」

はありませんか?

最後に、紀真から

今回のような夢の話もそうですが、人はときどき、

「これって何だったんだろう?」

「自分は、どうしてこんなことを考えてしまうんだろう?」

と、一人で考え込んでしまうことがあります。

答えがすぐに出るとは限りません。

そんなときは、誰かに話してみるだけで、自分では気づかなかったことに気づくこともあります。

紀真では、占いの結果を一方的にお伝えする「電話占い」ではなく、お話を伺いながら、一緒に考えていく「電話相談」も行っています。

もし、

「ちょっと誰かに聞いてほしい」

「自分の気持ちを整理してみたい」

そんなときがありましたら、お気軽にご利用ください。

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