ツインレイの関係を、わたしたちは、人と人との間の物語として見つめがちです。
連絡が来た日、来なかった日。
近づいた日、離れた日。
けれど、もう少し高いところから、神様の目で見てみると、その景色は少し違って見えるのかもしれません。
今日は、そのことを書いてみます。
根っこのところは、離れていないのだと思います
わたしたちの目には、離れ離れになった二人の物語として映ることがあります。
けれど、神様の目から見ると、二人の魂は、もともと分かれてなどいない、ひとつのものなのかもしれません。
表面の距離が、どれほど遠く見えても。
根っこのところでは、切り離されていない。
わたしは、そう考えています。
つらい時間は、苦しめるためのものではないと思います
サイレント期間や、思うようにいかない出来事。
そのさなかにいると、「どうしてわたしばかり」と思うこともあるかもしれません。
それは、とても自然なことだと思います。
けれど、わたしは、神様があなたを苦しめるために、その時間を置いているとは思えないのです。
むしろ、あなたがもともと持っている強さや、やさしさに、あなた自身が気づけるように。
そっと用意された時間なのかもしれません。
神様が見ているのは、結果より道のりです
わたしたちは、つい「再会できたかどうか」という結果に、目を向けてしまいます。
けれど、神様が見つめているのは、結果よりも、あなたがどんな心で、その道を歩いてきたか、なのだと思います。
痛みの中でも、誠実であろうとしたこと。
迷いながらも、前を向こうとしたこと。
そのひとつひとつが、ちゃんと見届けられている。
わたしは、そう信じています。
あなたは、ひとりで歩いていません
この道のりは、とても孤独に感じられることがあると思います。
誰にも話せない夜も、あるかもしれません。
けれど、大きな視点から見ると、あなたはひとりで歩いているのではないのだと思います。
声は聞こえなくても、となりを歩いているものがある。
その静かな伴走を、今日は少しだけ、思い出してみてください。
もし、いまのお気持ちを一緒に見つめてみたいと思われましたら、いつでもお声がけください。
急がなくて、大丈夫です。
Le Clair(ルクレ)より