前編では、アガサ・ハークネスという異色の主人公と、彼女が集めた魔女たちをウィッチクラフトの視点から見てきました。後編では、第7話「死と手をつなぎ」で登場するタロットに焦点を当てます。
※この記事は、Disney+『アガサ・オール・アロング』全9話、とくに第7話「死と手をつなぎ(原題:Death’s Hand in Mine)」の内容に触れています。未視聴の方はご注意ください。
エピソード7「死と手をつなぎ」
エピソード7「死と手をつなぎ」は、『アガサ・オール・アロング』の中でもかなり特殊な回です。
まず、この回では物語は単純な時系列では進みません
中心にいるのはリリア・カルデル。
占術の魔女である彼女の中では、過去、現在、未来の断片がばらばらに現れます。ここまでのエピソードで、彼女は時々、脈絡のない言葉を口にしてきました。けれど、その断片的な言葉が、実は自身の未来や過去とつながっていたことがわかります。
つまり、リリアはようやく自分の人生そのものを見るのです。
その中心に置かれているのが、タロットです。
タロットは、時間を一直線に読む道具ではありません。
過去・現在・未来を並べることもありますが、それは単に時系列を当てるためではなく、出来事と出来事の関係を見つめるためと言えるでしょう。
つまり、リリアの“時間の受け取り方”と断片的な意味の“繋ぎ方”が、タロットのそれそのもと言えるのです。
リリアのスプレッドを読む
エピソード7でリリアが読むのは、セーフ・パッセージ・スプレッドと呼ばれる7枚のタロット展開です。
このスプレッドは、旅の途中にいる者のための配置として示されます。どこから来て、何が足りず、何を越え、どこへ向かうのか。その旅の構造を読むために、7枚のカードが置かれます。
重要なのは、このスプレッドが個人の恋愛運や未来の吉凶を占うものではないことです。ここで読まれているのは、リリアの人生と、魔女団全体の“旅”が重なります。
そして、登場人物たちにもそれぞれのカードが割り当てられます。その人物の単なる紹介ではなく、旅、物語の中での役割をタロットは見事に言い表すのです。
✶劇中での実際のスプレッド。このセーフ・パッセージ・スプレッドとは、「安全な通過」のための7枚のタロット展開。旅人がいま何を抱え、どこから来て、何を越え、どこへ向かうのかを読む配置として使用されます。
旅人|カップの女王|リリア・カルデル
旅人は、この旅を進む当人がどのような人物なのかを示す位置です。
ここに置かれるのが、カップの女王。
感情、直感、受容、共感を象徴するカードであり、力で道を切り開くよりも、感じ取り理解しながら進む人物像を表します。
つまり、この旅の本質は征服ではなく、自分の内面と向き合うことにあります。
そしてこの象徴は、占術を扱い、見えてしまうものを受け止め続けてきたリリアそのものです。
旅人として現れたカップの女王は、この物語を読む最初の鍵なのです。
欠けているもの|ペンタクル(金貨)の3|魔女団
2枚目の位置は「欠けているもの」です。
旅人に何が足りないのか。
その旅が、なぜ必要なのか。
ここに置かれるのが、ペンタクルの3です。
ペンタクルの3は、協働、技術、共同制作のカード。アガサたちの魔女団は、信頼しあい力を合わせる理想的なチームではありません。互いに疑い、利用し、反発しながら魔女の道に挑みます。
けれど、そこに待つ試練は、ひとりで乗り越えることはできません。
リリアに欠けていたものは、孤独な予知ではなく、共に道を進む誰かでした。
「欠けた者たち」が、それぞれの力を持ち寄ること。その不完全な協働こそが、この旅を成立させていたのです。
背後の道|ワンド(棒)の騎士|アリス・ウー・ガリヴァー
3枚目の位置は「背後の道」です。
旅人がここへ来るまでに通ってきた道。そこで負った傷、学んだこと、すでに過ぎ去ったものを示します。
ここに置かれるのが、ワンドの騎士です。
ワンドの騎士は、情熱、行動力、突進、衝動のカード。アリスは防御魔術を担う魔女です。何かを守ろうとすることは、ときに誰よりも早く危険の中に飛び込むことでもあります。
彼女の勇敢さは、魔女団がここまで来るために必要だったものです。けれど同時に、それは失われたものでもある。
ワンドの騎士としてのアリスは、守ろうとする火、そしてその火が払った代償を象徴しています。
前方の道|女教皇|ジェニファー・ケイル
4枚目の位置は「前方の道」です。
これから向かう場所。まだ開かれていない未来を示します。
ここに置かれるのが、女教皇です。
女教皇は、秘された知や直感、内なる力のカード。ジェニファーは現代的で実務的な魔女として描かれますが、その奥にはまだ開かれていない知恵と力が眠っています。
そしてこのカードは「前方の道」に置かれています。
つまりジェニファーは、過去ではなく未来の可能性。魔女団に残された希望と成長の余地を象徴しています。
障害|ソード(剣)の3|アガサ・ハークネス
5枚目の位置は「障害」です。
旅を妨げるもの。越えなければならないもの。前へ進むために直面せざるを得ない痛み。
ソードの3は、傷心、裏切り、悲しみ、痛みのカード。
このカードがアガサに対応するのは、彼女が他者を傷つけてきただけでなく、その痛みを知る人物でもあるからです。
そして重要なのは、このカードが「障害」の位置に置かれていることです。
アガサの傷や喪失、罪悪感は、単なる過去ではありません。彼女自身が抱える痛みこそが、この旅を阻む障害となっています。
ソードの3としてのアガサは、痛みを力に変えてきた人物であり、その痛みこそが魔女団の前に立ちはだかるのです。
思いがけない収穫|タワー(塔)逆位置|ティーン/ビリー・マキシモフ
ここに置かれるのが、タワー逆位置。
このカードが結びつくのは、ティーンことビリー・マキシモフです。
重要なのは、このカードが「思いがけない収穫」の位置にあること。
ビリーは単なる崩壊の象徴ではありません。壊れた世界のあとに現れ、新たな可能性をもたらす存在です。
タワー逆位置としてのビリーは、破壊の先に生まれる予測不能な変化を象徴しています。
到達点|デス(死)|リオ・ヴィダル/デス
最後の位置は「到達点」です。
旅の果てに待っているもの。そこへ至るために、旅人が越えなければならないもの。
タロットにおけるデスは、終わりや不可逆の変化、ひとつの段階の完了を示します。
しかし『アガサ・オール・アロング』では、それは単なる象徴ではありません。
リオ・ヴィダルの正体と結びつくことで、デスは比喩であると同時に実体として現れます。緑の魔女として生命の循環を体現するリオは、その裏側にある「死」もまた抱えている存在です。
だからこそ、デスが「到達点」に置かれていることには意味があります。この旅の終点は勝利や回復ではなく、避けられない終わりと向き合うことだからです。
カードは未来ではなく、物語を並べ替える
この作品の中で、タロットは「未来を当てるための道具」としては一度も描かれませんでした。
これはとても興味深いことですし、だからこそ、私がこのドラマを愛してやまない理由のひとつでもあります。
ここでのタロットは、登場人物たちの中に散らばっていた時間、傷、役割、死を、再び読み解けるように並べ替えるための道具でした。
タロットカードとは、「当たる/当たらない」で未来の可能性を閉じるためのものではありません。
「〜はきっとこうなります」
「誰それの気持ちはこうです」
そう決めつけるためだけのものでもありません。
時には、すでに起こってしまったこと、まだ意味を持てずに残っている言葉や経験、受け入れられなかった喪失を、別の角度から読み直すための道具になるのです。
リリアが最後に読んでいたのは、未来ではなく、自分自身の物語だった。
それは、タロットカードというものの本質を、とてもよく表していると私は思います。