数あるマーベル・シネマティック・ユニバースの中でも、『アガサ・オール・アロング』はかなり異色の作品です。
『ワンダヴィジョン』のスピンオフとして制作された本作の主人公、アガサ・ハークネスは、とても奇妙で魅力的なキャラクターです。
『ワンダヴィジョン』での彼女は、ワンダ・マキシモフ(スカーレット・ウィッチ)の力に目をつけ、彼女の作り出した世界に入り込み、隣人アグネスを装って登場します。
狡猾で、欲深く、嘘がうまい。人を利用し、力を奪い、生き延びるためなら平気で相手を傷つける。けれど、だからこそ目が離せない。
『アガサ・オール・アロング』は、そんな“ヴィランの魔女”を中心に据えた物語です。
※この記事は、Disney+『アガサ・オール・アロング』全9話、とくに第7話「死と手をつなぎ(原題:Death’s Hand in Mine)」の内容に触れています。未視聴の方はご注意ください。
『ワンダヴィジョン』の終盤で力を失い、ウエストビューの街に閉じ込められ、記憶を失っていた彼女は、謎めいた少年ティーンによって、再びアガサとして目覚めます。
けれど、最強の魔女と呼ばれたかつての魔力は戻っていない。
そこで彼女は、「失ったものを取り戻せる」と言い伝えられている伝説の“魔女の道”へ向かうため、それぞれに何かを失った魔女たちを集め、魔女団を結成しようとします。
そして、この作品が何より興味深いのは、ただ“魔女っぽい雰囲気”を楽しむドラマではないということ。
魔女の道。魔女団。失われた魔力。呪い。守護魔術。ポーション。占術。そしてタロット。
それらは単なる装飾ではなく、登場人物たちの傷や欲望、失われた力、そして死に深く結びついています。
とくに第7話で登場するタロットは、ただの神秘的な小道具ではありません。タロットは、アガサたち魔女団の誰が何を失い、何を背負い、どこへ向かうのかを明らかにする、物語の転換装置としての役割を担っているのです。
魔女たちは、何を失っていたのか
アガサが集めるのは、魔力にあふれ、自信に満ちた強い魔女たちではありません。
彼女たちは、それぞれがすでに力を失い、傷つき、魔術との“関係”がどこか歪んでいます。ここが本作の最大のポイントでしょう。
そして、彼女たちはそれぞれ、ウィッチクラフトの異なる領域を担っています。
リリア・カルデルは、占術の魔女。
でも、彼女の力は未来を言い当てるといった類のものではありません。彼女自身が、時間をまっすぐに進むことが出来ないーー過去・現在・未来の断片は、不規則な順番で訪れてしまう。未来を支配できず、時間を操れない魔女なのです。
リリア・カルデルは、占術の魔女
でも、彼女の力は未来を言い当てるといった類のものではありません。彼女自身が、時間をまっすぐに進むことが出来ないーー過去・現在・未来の断片は、不規則な順番で訪れてしまう。未来を支配できず、時間を操れない魔女なのです。
✶リリア・カルデルを演じるのは、ブロードウェイの伝説的俳優パティ・ルポーン。第7話では、彼女の存在感そのものが「占術の魔女」としてのリリアに重みを与えています。
ジェニファー・ケイルは、ポーションと身体の魔女
薬草、調合、肌、身体、癒し。彼女の領域は一見すると美容やビジネスに近く見えますが、ウィッチクラフトの視点で見れば、身体の主権を取り戻す魔術でもあります。
✶ジェニファー・ケイル役は、『サタデー・ナイト・ライブ』でも知られるサシーア・ザメイタ。コメディで培った軽やかな間合いが、ジェニファーの警戒心と皮肉、そして奥にある強さを際立たせています。
アリス・ウー・ガリヴァーは、防御魔術の魔女
守ること。境界を張ること。呪いから身を守ること。けれど、守る力を持つ人が、必ず自分自身を守れるとは限りません。アリスは、家族から受け継いだ呪いと向き合いながら、守護の魔術が持つ痛みも背負っています。
✶アリス・ウー・ガリヴァーは、護符と防御魔術を担う魔女。演じるアリ・アンの抑えた強さが、守る力を持ちながら、自分自身の傷にも向き合うアリスの複雑さを際立たせています。
リオ・ヴィダルは、緑の魔女
緑の魔女は、植物や土、自然の循環に関わる存在です。けれどリオの場合、その自然の循環は、ただ美しい生命力では終わりません。
成長するものは、いつか枯れる。
生まれたものは、いつか死ぬ。
この生と死のつながりが、物語と、アガサの運命を大きく変えていきます。
✶リオ・ヴィダルを演じるのは、俳優のオーブリー・プラザ。緑の魔女として現れるリオは、アガサとの過去を匂わせながら、生命力と死の気配を同時にまとった危険な存在として描かれています。
そして、最強の魔女=アガサ・ハーネス
彼女たちは、それぞれ何かを失っています。力を封じられた者、傷を抱えた者、過去に縛られた者、名前や正体を隠している者。
彼女たちは、完全だから集まったのではなく、欠けているからこそ「魔女の道」へ向かうことになります。
そしてアガサ・ハークネスは、彼女たちとはまったく違う種類の魔女です。
彼女は力を欲し、力を奪い、力によって生き延びてきました。だからこそ、彼女は誰からも恐れられ、誰からも忌み嫌われてきた。
自然と調和し、その力を引き継ぎながら生きる女性ではなく、もっと露骨で、もっと危険で、もっと欲深い。
✶アガサ・ハークネスを演じるのは、キャスリン・ハーン。『バッド・ママ』『グラス・オニオン:ナイブズ・アウト・ミステリー』などでも知られる彼女は、『ワンダヴィジョン』で隣人アグネスとして登場し、その正体を明かすと一気に物語をさらいました。善良ではないのに目が離せない、このシリーズの中心にふさわしい魔女です。
“魔女”という存在が、幾千の物語の中で、あるいは歴史の中で恐れられてきた力、嫌われてきた知性、制御できない欲望。
アガサは、それをそのまま引き受けている人物です。
そして、その物語の中で、タロットはどのように使われたのか。
後編では、第7話「死と手をつなぎ」に登場するセーフ・パッセージ・スプレッドと、登場人物たちに割り当てられたカードを読んでいきます。