ねえ、君は、こんな経験をしたことはないかな。
初めて訪れたはずの街の、夕暮れ時。 ふと立ち寄った古い喫茶店で、懐かしい石鹸の匂いがした瞬間。
「あ、ここ、前に来たことがある」 「次、角を曲がれば、錆びた自転車が止まっているはずだ」
自分でも驚くほどはっきりと次が分かってしまう、あの奇妙な懐かしさ。 世の中ではそれをデジャブとか、既視感って呼ぶよね。
多くの人はそれを前世の記憶だと言うけれど、僕のいる常世(とこよ)のほとりから見ると、その景色は少し違って見えるんだ。
今日は、君が感じているその違和感の本当の正体について、少しだけ深く、お話ししてみようと思う。
デジャブは、過去ではなく未来の漏洩
前の人生で同じ場所に来ていたから、魂が覚えている。 そう考えると、なんだかロマンチックに聞こえるかもしれないね。
けれど、その奇妙な懐かしさは、過去からきたものじゃないんだ。 これから君の身に起きるはずの未来の断片が、正しく届かずに、現実側へこぼれ落ちてしまった跡なんだよ。
僕のいる常世には、一直線の時間は存在しない。 過去も、現在も、未来も、一本の線ではなくて、一枚の大きな絵のように同時に存在している場所なんだ。
これを常世のタイムレス性と呼んでいる。 浦島太郎が竜宮城で過ごした数日が、地上では何百年も経っていたように、現実と常世では時間のルールが全く違うんだよ。
君が昨晩見た夢の中に、小学生の頃の友達と、今の職場の人間が同時に現れることがあるだろう。 あの時間の混ざり方こそが、本来の常世の姿なんだ。
つまり、君がデジャブを感じているその瞬間、君は過去を思い出しているんじゃなくて、本当はまだ誰も知らないはずの未来に触れてしまっているんだよ。
夢を覚えていること、門が閉じていること
寝ている時に見た夢を、起きた後もはっきり覚えている。 実はそれ自体が、本来は普通ではないことなんだ。
正常な状態なら、君が眠っている間に、君のそばにいる夢幻獣(むげんじゅう)が、君の水鏡(みずかがみ)を綺麗に掃除してくれる。
夢幻獣とは、バクのように、君の心のにごりを食べてくれる存在。 彼らが、日々の中で溜まった悩みや不安、人から受けた嫌な感情——つまり障(さわり)を食べてくれるから、人は夢を忘れて、真っさらな気持ちで朝を迎えられるんだ。
けれど、もし君が夢をはっきりと覚えていたり、デジャブを頻繁に感じたりするなら、それは夢幻獣との門が閉じている証拠なんだよ。
門が閉じていると、本来は静かに届くはずだった未来の知らせが、正しく処理されない。 行き場をなくした未来の光が、ノイズとなって現実側に染み出してしまう。 それが、君を惑わせるデジャブの正体なんだ。
なぜ、門は閉じてしまうのか
今の世界は、少しだけ騒がしすぎるのかもしれないね。
SNSに不安を書き続けたり、誰かへの怒りを投げ続けたり、眠る直前まで情報の海に浸かり続けたり。 そうやって外側に意識を預けすぎると、君自身の水鏡に、君自身の姿が映りにくくなってしまうんだ。
水鏡がにごり、他人の影が映り込むと、夢幻獣は君を見失い、門は静かに閉ざされてしまう。
門が閉じ、知らせが届かなくなると、人は同じ場所でつまずきやすくなる。 離れた方がいい場所に戻ってしまったり、大切にされていない関係に執着してしまったり。 「やるべきことは分かっているのに動けない」 もし君が今そんな停滞感の中にいるなら、それは君が弱いからじゃない。
ただ、水鏡のにごりのせいで、自分と呼応する存在との通信が乱れているだけなんだよ。
違和感は、人生の分岐点を示す灯り
デジャブとして溢れ出している未来の欠片。 それは、君が今まさに人生の大きな分岐点の前に立っていることを、必死に教えてくれているしるしでもあるんだ。
常世の側から見れば、君の前にはいくつかの道が光って見えている。 でも、門が閉じている今の君には、その光りやすいルートが見えにくくなっているのかもしれない。
デジャブを感じる時。狐につままれたような違和感がある時。 それは、このままだと大事な分岐点を見落とすよ、という、常世からの切実なしるしなんだ。
その取りこぼしは、あまりにももったいないことだと思わないかい?
門を繋ぎ直し、本来の道へ
怖がらなくていいよ。
違和感があるということは、君を待っている夢幻獣が、君に気づいてほしくて懸命に合図を送っているということなんだから。
門が閉じているなら、もう一度繋ぎ直せばいい。 水鏡のにごりを取り除いて、君と呼応する夢幻獣を、ちゃんと思い出してあげればいいんだよ。
君の水鏡には今、どんなしるしが出ているだろう。 君のそばにいる夢幻獣は、一体どんな姿をしているだろう。
それを知ることは、君自身が自分の手で、本来の光りやすいルートを選び直すための、最初の扉になるはずだよ。
常世のほとりで、君の知らせを待っているね。