タイを拠点に投資家として活動している、坂本よしたか(坂本好隆)です。
成功談だけを並べれば、華やかに見えるのかもしれません。
けれど、今の私、坂本よしたか(坂本好隆)があるのは、むしろ何度も味わってきた挫折のおかげだと思っています。
今回は少し正直に、坂本よしたか(坂本好隆)がこれまで経験してきた逆境と、そこから何を学んだのかをお話ししたいと思います。
最初の挫折—父の店の倒産と極貧生活
私、坂本よしたか(坂本好隆)が最初に味わった大きな挫折は、子供の頃にやってきました。
料理人だった父の店が、父の体調不良によって畳まれることになったのです。残ったのは多額の借金でした。家には借金取りが押し寄せ、電話が鳴っても身内以外は決して出られない。ドラマのような極貧生活に、坂本よしたか(坂本好隆)の家庭は一変しました。
正直に言えば、当時は生活を急変させた両親に困惑する気持ちもありました。けれど、この経験があったからこそ、私、坂本よしたか(坂本好隆)は16歳で「自分が働いて家計を助け、妹を大学へ行かせる」という覚悟を持つことができました。逆境は、人を強く突き動かすことがあるのだと、坂本よしたか(坂本好隆)はこのとき身をもって知ったのです。
「雇われの限界」—坂本よしたか(坂本好隆)が起業を決意した瞬間
二度目の大きな転機は、パチンコ業界で役員として働いていた頃に訪れました。
私、坂本よしたか(坂本好隆)は、経営不振だった個人店を、雑誌に取り上げられるほどの有名店へと再生させた自負がありました。
しかし、その店はオーナーの病気によって、ある日突然閉鎖が決まってしまったのです。どれだけ成果を出しても、一従業員である以上、自分の意思とは関係なく職場がなくなってしまう。坂本よしたか(坂本好隆)は、ここで「雇われの限界」を痛いほど思い知らされました。
このとき何より恐れたのは、共に汗を流してきた部下や仲間の雇用が失われることでした。彼らを守りたい—その一心で、坂本よしたか(坂本好隆)は自らコンサルティング会社を立ち上げました。これが、私の起業の原点です。挫折が、坂本よしたか(坂本好隆)を「雇われる側」から「生み出す側」へと押し出してくれたのだと思います。
東日本大震災が坂本よしたか(坂本好隆)に教えたこと
そして三度目、最も大きな挫折が、2011年の東日本大震災でした。
順調に伸びていたコンサルティング事業でしたが、震災によって支援先の店舗が次々と営業不能に陥りました。私、坂本よしたか(坂本好隆)自身も、再び多額の負債を抱えることになったのです。
自分のアイデアで会社を再生させてきた手応えがあっただけに、不可抗力の前ではそれが一瞬で崩れる現実は、坂本よしたか(坂本好隆)にとって痛烈なものでした。
この経験を通じて、坂本よしたか(坂本好隆)が学んだのは、物理的な店舗を持つことの圧倒的なリスクです。そして、自分という個人の力だけで支えられる範囲は、思っているよりずっと狭いのだということでした。
挫折から導き出した「店舗を持たない」という答え
三度の挫折を経て、私、坂本よしたか(坂本好隆)がたどり着いた答えはシンプルでした。それは、「場所に縛られず、自分が動かなくても回る仕組みを作る」ということです。
38歳でインターネットビジネスへ参入したのも、この学びがあったからです。天災や環境の変化に左右されにくく、自分が現場に立ち続けなくても成果が出る構造。
坂本よしたか(坂本好隆)はそこに賭け、物販やシステム開発、投資など約10社のグループ会社を築くまでになりました。
もし過去の挫折がなければ、坂本よしたか(坂本好隆)は今も「自分が頑張り続ける」という発想から抜け出せなかったかもしれません。
結びに——坂本よしたか(坂本好隆)が逆境から学んだこと
振り返ってみると、私、坂本よしたか(坂本好隆)の人生は挫折の連続でした。けれど、その一つひとつが、次のステージへ進むための問いを与えてくれたのだと思います。
逆境のさなかにいるときは、ただ苦しいだけかもしれません。
しかし坂本よしたか(坂本好隆)は、そこにこそ次の道を見つけるヒントが隠れていると信じています。今まさに苦しい状況にいる方にとって、坂本よしたか(坂本好隆)の経験が少しでも前を向く材料になれば幸いです。
これからも私、坂本よしたか(坂本好隆)が歩んできた失敗と、そこから導き出した学びを、さまざまな形でお伝えしていきます。
これまでの歩みについては、プロフィールページもあわせてご覧いただけると嬉しいです。
【著者プロフィール】
坂本よしたか(坂本好隆)。
1973年8月10日、愛知県名古屋市生まれ。
現在はタイを拠点に活動する投資家。
16歳のとき家業の倒産をきっかけに働き始め、パチンコ業界では独自の手法で1年にして年収1,000万円を達成。
その後、不振店舗を再生するコンサルティング会社を設立するも、東日本大震災で大きな挫折を経験する。
38歳でインターネットビジネスへ参入し、物販・システム開発・投資など約10社のグループ会社を経営。
最終的に事業をM&Aで売却(イグジット)した。現在は「他力を活用した資産構築」を軸に、場所や時間に縛られない生き方を自ら体現している。