【占術研究・講師】イルミナtiと申します。
みなさんは、掃除好きですか?
それとも苦手ですか?
ちなみにわたしは苦手ですが、「やばい・・・」と思ったらしぶしぶやる方です(汗)
占いの世界では、よく「断捨離(だんしゃり)」をしましょうといいます。
「断捨離」を簡単に説明すると、不要な物を捨てて、物への執着から離れることです。新たに手に入りそうな不要なものを断るという意味も含まれているそうです。
これは風水の思想と根底でつながっているように思います。
古い物を捨ててスペースを作ると、そこに新しい気を呼び込むことが出来るとされています。運気アップの常套手段ですね。
一方で日本には古来から「もったいない」精神も息づいています。
物を大切にしてしっかりと使い切る美徳のようなものです。
元は仏教用語の「勿体(もったい)」が由来のようです。物の本来あるべき姿が失われていることを嘆く言葉だとか。
今ほど物にあふれている時代ではない昔は資源も限られていたでしょうし、このような考えが自然にうまれてきたのかもしれません。
今でも古着やリサイクル品はありますし、フードロス削減などは注目されている分野です。
どちらかの考えが間違いなのか?
では、「断捨離」と「もったいない」はどちらかが間違っているのでしょうか?
などと言ってしまえば、極端な答えに傾きそうですが、個人的にはこの問題提起に重要な視点を加えたいと思っています。
それは物に対する「感謝」です。
想像してください。
毎日特に「ありがとう」などの言葉もかけてもらえず、無償で働きまくり、壊れてしまったら捨てられてしまう人がいたとします。
こんな人がいたら、とてもかわいそうですよね。
でも、多くの物はこのように消費されているのが現状ではないでしょうか。
物を捨てるなとは主張できませんが、ちゃんと頑張って働いてくれている物に対してもっと感謝した方が良いのではと思ってしまうのです。
―いらなくなったから捨てる。
―壊れたから捨てる。
もちろん分かるのですが、モヤモヤとしてしまいます。
可能なら、いらなくなった物は、必要とする誰かに売るかあげる。壊れていても、直せばまだ使えるなら、そうしたい。
断捨離を否定する気はないのですが、「捨てる」ことばかりがフォーカスされて物の「人権」ならぬ「物権?」を踏みににじってはいないかが頭をよぎるのです。
風呂の壊れたジャグジー機能が「ありがとう」と毎日言い続けたら、直ったという話があります。植物に同様の「ありがとう」と話しかけ続けると、そうではない植物とは生育に顕著な差がみられるそうです。もちろん、「ありがとう」と声をかけ続けられた植物の方が美しく健康的な発育をしています。
物(植物にも)にも心がある。
わたしはどうしてもそう感じてしまいます。
断捨離に効果はあると思っていますが、お世話になった物に感謝を忘れないことも大切なのだと思います。
八百万の神の国
日本古来の神道においては、「八百万の神(やおよろずのかみ)」といい、数えきれないほどたくさんの神様が存在することを表しています。
なかには、トイレの神様(烏枢沙摩明王)もいますので、昔の人はあらゆる物に神性を見出していたということでしょう。
「捨てる」ことは風水的にも正解ですし、部屋がきれいになることは気持ちがよいです。
ただ、物にも魂があるとして、大切な人に接するように敬意を持つことを忘れてはならないと思います。せめて「今までありがとうございました」と一言添えるだけでも気持ちよくありませんか?
普段、何も思わず捨てている「物」はもしかしたら「神様」かもしれません。
今回の記事は、ちょっと思ったことを書いてしまいましたが、わたしが生意気に感じられた方はすみませんm(_ _)m
記事は以上になります。
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あなたに幸がありますように。