【自己紹介】 曼荼羅アーティスト Ich(イチ)
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コラム
はじめまして、Ich(イチ)といいます。
今日は自己紹介記事を。
◆Ich(イチ)
沖縄出身 / 曼荼羅(マンダラ)アーティスト
かつての私は、常に
生きづらさと、不安を抱えて生きていた。
◆「何者か分からない」自分を押し殺していた学生時代
私の記憶の原点は、
幼少期にお絵描きを楽しんでいた頃に遡る。
幼い頃に見た姉の絵のうまさに感動し、
「自分も上手くなりたい」と
思うようになった。
当時の家庭環境は
日常的に精神的・身体的暴力が存在するものだった。
「家の事を話してはいけない」と
強く母に言われていた為、
誰にも相談ができず
常に自分を抑え生きていた。
自分の感情が分からなくなり、
いつしか「自分とは何なのか」と、
自分の存在そのものが分からなくなっていった。
さらに、小学校低学年の頃から
性別や恋愛対象に対する違和感も抱え始める。
中3の時に、バイセクシャルであること、
高2の時に、Xジェンダーであることを認識した。
部活での嫌がらせも続き、
「家のことも、自分のことも他人に話してはいけない」
という教えを守るが故に、苦しく。
どこにも居場所を見出せず、
自分を傷つけるような事を繰り返すように。
しかし、高3の頃、
ネットで性的マイノリティの友人に出会い、
初めてありのままの自分を晒すことができ、
心が軽くなる感覚を知った。
けど、それ以外の日常生活では常に
DVのトラウマ・フラッシュバックがあり、
社会に出ても、しばらくの間は
心療内科に通う日々が続いた。
心療内科に通っている事すら隠したかったので
外では元気に振る舞い、
家では抜け殻のようになる。
という、
仮面をかぶって生きているような
そんな息苦しさが常にあった。
◆社会人。葛藤と、デザインとの出会い
大人になっても
「自分はダメな人間だ」
「社会不適合者だ」という
自己否定感と強い虚しさは消えなかった。
不動産会社や民泊管理など職を転々とするも、
メンタルが耐えきれず早期退職を繰り返した。
そんな時、偶然求人で見かけた
「グラフィック制作」の文字に惹かれた。
当時はデザインソフトの使い方すら知らなかったが、
「憧れの仕事をやってみたい」一心で挑戦を決意。
その時の求人には合格できなかったが、
その悔しさから、独学で検索を重ね、
社会人向けの夜間学校で
初めてデザインの基礎を学んだ。
その後、
WEB制作会社へデザイナーとして採用され、
トップを目指して夢中で取り組む。
が、会社の突如の方針転換によって
クリエイターとしての道が絶たれ、
大きな燃え尽き感を経験することとなった。
◆退職、そして“描くこと”への原点回帰
「この先、どう生きるか」と葛藤していた時、
同僚への送別品として絵を描く機会があった。
さらに、友人からアートイベントに誘われたことで、
封印していた「絵を描くことが好きだった」という
純粋な気持ちが蘇った。
学生時代に「絵では食べていけない」と諦めた夢。
友人に相談すると、
「いいじゃん!」
と背中を押してくれた。
その一言に救われ、会社を退職する事を決意。
パートをしながらイラスト制作やSNS発信を開始した。
2019年の事だった。
◆家族との別れ。そして生まれた表現。
活動を始めて間もなく、
大切な祖父母や家族との別れが続いた。
悲しみ、悔しさ、
何もできなかった罪悪感。
溢れ出す感情を昇華させるように描いたのが
すべての魂が安らげる場所──『楽園』の絵だった。
▲個展の様子(2024年)
大切な存在が、病気や事故の苦しみから解放され、
穏やかに過ごしていてほしい─。
そう願いを込めて描くうちに、
自分自身の悲しみが、
少しずつ浄化されていくのを感じた。
この経験から、
絵は単なる「自己表現」ではなく
傷ついた魂を優しく包み込み、
背中を押してくれるものであること。
そして、目に見えない者たちと繋がるツールでもある
と確信した。
◆潜在意識との出会い
絵を描き始めてもなお残っていた、
自信のなさや、他者との比較による焦り。
それを根本から変えたのが、
個展に来てくれたとある方との出会い。
その出会いをきっかけに、
潜在意識(マインド)の世界に足を踏み入れることに。
最初は「胡散臭い」と疑いつつも、
「それでも、変わりたい」と
藁にも縋る思いで、
マインドやコーチングを学んだ。
『今見ている世界は、自分の意識が創り出している』
そんな、にわかには信じがたい言葉。
でも、習ったことを愚直に実践し続けた結果、
かつてあれほど私を苦しめていた
生きづらさや不安は消え去った。
「ありのままの自分で生きていい」
と心から思えるようになり、
長年悩んでいたジェンダーのことさえも
自然と受け入れられるようになった。
かつては、
「0か100か」
「白か黒か」
という極端な思考だった私が、今では
「何事も、グラデーションで良い。それも美しい」
とすら思えるようになっているので、驚きだ。
◆曼荼羅アーティストとして目指す未来
深い自己探求とマインドの変化を経て、
私は「曼荼羅アーティスト」という現在の肩書に辿り着いた。
時系列が前後するが、
曼荼羅は、病んでいた学生時代に
恐る恐るやっていた落書きで描いた模様が
きっかけである。
(当時は、絵を描く事に罪悪感があった。
こんな事していていいの?無駄な事を、と。)
その時は、自分の絵が
「曼荼羅」という事すら知らず、
その名称であると知ったのは、
数年先のことだ。
学生時代の落書きに始まり、
今もずっと、描き続けている。
描き続けた結果、
当時とは全く想像しない形に変化した。
私の描く曼荼羅は、
一般的なものとは、少し意味が違う。
中心から広がる曼荼羅は、
「自分自身の光が、この宇宙でどのように
他の命と繋がっているか。」
という、自分と他の繋がり、
そして、
無限に広がる可能性を表現している。
私にとって曼荼羅を描くことは、
自分と、見える世界・見えない世界。
自分と、大切な存在たちを
結び付けてくれるプロセスそのものだ。
何者でもなかった私が、
“描くこと”を通じて、
やっと生きる意味を見出せた。
今では、作品を通じて、
たくさんの人に笑顔を渡すことが出来ている。
もっともっと、作品を通して
1人1人の持つ、
「内なる光」を思い出してもらいたい。
そして、その光=天命に沿って生きていく人が増えれば、
その人自身が輝くことは勿論、
世の中全体を明るく照らしていける。
私の天命は、作品を通じて
1人でも多くの人に、
自身の天命と、
その輝きの美しさを知ってもらうこと。
そうして互いに豊かになった先、
かつての幼少期の自分と同じように苦しむ子どもたちへ
寄付という形で、循環させていければ
こんなに幸せなことは無いと、思っている。
その夢を実現するために、
私は、これからも絵を描き続けたい。
2026.08.20 Ich