〜願いや縁が、急速に動き出す新年度にあなたがどう動くか〜
新年度へ。四月。
暦がめくられるたびに、風の中に混じる湿り気が少しずつ形を変えていくのを感じます。
私は、海に近い場所にある小さな神社で三十年以上宮司を務めながら、五十年以上の月日を波音と共に歩んできました。五十代後半を迎えた今でも、この季節特有の空気の揺らぎを感じると、ふと海の底にあるあの静寂を思い出します。
世間では春を「出会いと別れの季節」と呼びますが、私の目には、それは単なる情緒的な言葉ではなく、魂の潮目が激しく入れ替わる荒々しい転換期として映っているのです。
《この時期、運気の波は決して一定ではございません。》
冬の間に積もり重なった澱を一気に押し流すような力強い満潮もあれば、守り続けてきたものを容赦なく奪い去るような引き潮もございます。良い方向へ大きく動くこともあれば、願ってもいない深みへと引きずり込まれてしまうこともあるでしょう。
今、あなた様の胸の奥に、言葉にできない小さなざわつきや、説明のつかない不安が兆しているのであれば、それを単純に「季節のせい」にして片付けないようにしてくださいね。
その違和感こそが、あなた様の魂が新しい潮の流れを敏感に察知し、自分自身の立ち位置を確かめようとしている切実な叫びなのです。
私は、代々神職を務めてきた家に生まれました。幼い頃から、神社とは願いを叶えるための場所ではなく、人が己の人生と対峙するための「境界」であると教え込まれてきました。神域は不思議な救いを与える場所ではございません。
むしろ、それまで見ないふりをしてきた選択や、逃げ続けてきた本音を、鏡のように突きつけてくる場所なのです。だからこそ、神職の真の役目は人を救うことではなく、その人が「ここから始める」と決心できるだけの状態を整えることにあると考えております。それは、魂の曇りを拭い、足元の輪郭をはっきりとさせる作業に他なりません。
四月というこの不安定な潮目において、運気の波に飲み込まれないためには、まず自分の内側にある微細な感覚に誠実である必要がございます。
もしあなた様が、今まさに深い霧の中にいるような、あるいは足元の砂が波にさらわれていくような不安を感じているのであれば、どうか霊的な専門家を頼ってください。その導き手は、必ずしも私である必要はございません。
世の中には多くの鑑定師がおり、それぞれに異なる波長を持っております。あなた様がその方の言葉に触れたとき、胸のうなじが少しでも軽くなるような、あるいは「この人なら」と直感できる方がいらっしゃるのであれば、迷わずその方の扉を叩いてみてください。
大切なのは、誰に視てもらうかという形式ではなく、あなた様が自らの人生という海に、自らの意志で櫂(かい・水をかいて舟を進めるオール)を入れられるようになることです。
もし、あなた様がそのきっかけとして私の霊視を選んでくださるのであれば、私は海から授かった全ての力をもって、あなた様の魂を静かに、かつ克明に読み解くことをお約束いたします。
私の鑑定に、いわゆるアゲ鑑定は存在いたしません。
難しい局面であれば難しいとはっきりお伝えいたします。
それは、あなた様の人生を『一人の、重要で、貴重な人生』として尊重しているからに他なりません。
嘘で塗り固めた安らぎは、激しい潮目の中では何の役にも立たないのです。
必要なのは、荒波の中でも揺るがない、あなた様の起点を確認することなのです。
我が家に伝わる亀の紋様が刻まれた古い品には、今も海の神様の気配が静かに宿っております。
私の背後で寄り添うその気配と共に、私はここであなた様をお待ちしております。
あなた様がここへ辿り着いたのは、決して偶然ではございません。
海の神様に導かれ、その魂が視られるべき時期を迎えたからなのだと思っております。
四月。この激動の潮目を、単なる不安の季節にするのではなく、あなた様が新しく生まれ変わるための禊ぎの時とできるよう、誠心誠意、お手伝いをさせていただきます。
あなた様がなるほど、ここから始めれば良いのかと、静かな確信と共に立ち上がれるその瞬間まで、私はあなた様の傍らで海を見つめ続けております。どうぞ、深く息を吐き、肩の力を抜いて、この境界へ身を委ねてください。あなた様の魂が、再び本来の輝きを取り戻すまで、私はここにおります。
汐宮(しおみや)